第8話 あやしい大釜

「邪神グレイデアの使徒って……俺が?」


 俺は金髪シスターの言う謎の単語に耳を疑った。


 邪神グレイデアの使徒って、つまりはラスボスの使徒ってことだよな?


 それが……俺? な、なんで?


 そんな心当たり全く無いんだけど……。


「はい! あなたは邪神グレイデア様に認められた使徒様です! これは凄いことですよ! 私だって長い時間信仰を続けてるのに、全く使徒に選ばれませんでしたから!」


 金髪シスターは俺の両手を握り、キラキラと輝く瞳で俺を見つめてくる。


「いやいや待て待て。俺は邪神グレイデアに認められた覚えはないぞ?」


 俺は金髪シスターの手を振り払い、そう訴えた。


「ふふっ、さすが使徒様……勉強になります! 敬虔な信徒であればあるほど、邪神グレイデア様に認められるということの重みを理解しているということですね!? あなたは使徒の身分を与えられながら、未だにグレイデア様に認められていないと思っているのですね!」


 金髪シスターは俺が振り払った手を、またがっちりホールドしてしまった。


 俺は金髪シスターのキラキラとした瞳を見ながら、ある種の恐怖を覚えてしまった。


 多分、この子に何を言っても無駄だ。


 この子にとって、既に俺は邪神グレイデアの使徒であり、どんなに言い訳しようともそれが覆ることは無さそうだ。


「そ、そうだね。はははは……じゃあ、俺はこの辺で……」


 俺は金髪シスターの手を再び優しく振り払い、苦笑いをする。


 そして、その場から立ち去ろうと足を進めた。


「ま、ま、ま、待ってくださいっ!! あなたは私たち邪神教徒にとって、千年待ち続けた救世主なんですっ!! お願いします! 5分間……いや、3分間! ちょっと話だけさせてください!!」


 すると、そんな俺の足に金髪シスターは飛びつき、涙をボロボロ流しながら訴えた。


 え、ええ……?


 めっちゃ必死に引き留めてくる……。


 俺はある種の狂気的な金髪シスターの固執に、ドン引きしてしまう。


 もう罪悪感という感情が湧くことはなく、ただただ怖かった。


 しかし、この後、ここを立ち去っても、金髪シスターが俺に着いてくることは明白だ。


 ここで話を聞いて、円満に別れるのが最善手か……。


「…………まぁ、3分だけなら」


 俺は深く大きめの溜息を吐き、金髪シスターにそう言った。





 ******




「こちらをご覧下さい!」


 俺は金髪シスターに案内され、教会の奥の部屋に誘導された。


 その部屋の真ん中には大きな大釜が置いてあり、その中には紫色の禍々しい液体が沈んでいた。


 なんだ……これ……。


 見るだけで健康に悪そうな……というかここら辺に漂う瘴気だけで健康に悪そうだ。


 そんな奇妙な禍々しさを、この大釜は発し続けていた。


「これは……なんなんだ?」


「ふっふっふっ、これは邪神グレイデア様の力を使える場所なんです。この神器に触れてみてください」


 金髪シスターは禍々しい瘴気を発する大釜を指さして、そう言った。


 こ、これに触るの? 触ったら呪われそうだけど……大丈夫なのか?


 俺はめちゃくちゃ嫌悪感を抱きながらも、その大釜に手を触れた。


 すると、その大釜が紫色に発行し、辺りを眩しく照らした。


 同時に俺の右手の紋章も怪しく輝き、俺の身体中に何か変なものが流れる感触が伝う。


「こ、これでっ! やっと邪神グレイデア様の力が使えるようになります!!」


 すると、そんな大釜を見て、金髪シスターは鼻息を荒くする。


 邪神グレイデア様の力が使えるようになる?


 それって、やばいんじゃ……。


 俺は内心焦りながら、金髪シスターの動向を伺う。


「見てください! ここに数字が見えませんか?」


「数字……? あ、ああ、なんか浮かんでるな……」


 金髪シスターの指さす大釜の方を見てみると、そこには謎の数字が浮かんでいた。


 変な字体で大釜の上に浮かんでいる数字は『10000』だった。


「なんなんだ……これ」


「これはですね、邪神様の信仰ポイントです! これを貯めると、色んなことができるんですよ!」


 金髪シスターは意味の分からない単語を使い、その数字を説明した。


 信仰ポイント……? なんだそれ……。


 ポイントを貯めると、色んなことができるって……前の世界でめちゃくちゃ聞いたことあるな。


 俺は謎の既視感を覚える。


「今、何かやりたいことってありますか? 例えば、村を焼き払うための火薬が欲しいとか、国を滅ぼすための兵士が欲しいとか……」


 すると、金髪シスターは俺の目を見ながら、何やら物騒なことを言い始めた、


 村を焼き払うとか、国を滅ぼすとか、いちいち言うこと物騒すぎるだろ……。


「ま、まぁ……そうだな。強いて言うなら、食料が欲しい」


 俺は金髪シスターの発言に困惑しながらも、そう言ってみた。


「え? 食料ですか? それって、村を焼き払って略奪すればいいじゃないですか」


 すると、金髪シスターはキョトンとした顔で、俺に向かってそう言い放った。


 え、ええ……? 村を焼き払って略奪……?


 絵に書いたよう畜生じゃないか。


「それはダメだろ……。いいから、俺は食料が欲しいんだ」


「えー? 略奪しないですかぁ? まぁ、グレイデア様の使徒にもなると、そうしない深い考えがあるんでしょうか。あんなに楽しいのに……」


 金髪シスターは寂しそうな表情をしながらも、大釜に向かって手を差し出した。


 すると、目の前の大釜が再び妖しく輝き始めた。


「邪神グレイデア様。そのお力を私たちにお与えください」


 金髪シスターはその場で跪き、目を瞑り、そう祈りを捧げた。


 すると、大釜の周りに紫色の不気味な煙が噴出し、俺の視界を奪った。


 な、何が起こるんだ……?


 まさか、本当に食料が出てくるのか?


 俺は少しの好奇心と、少しの恐れを抱きながら、大釜を見守った。

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