⑭死屍流転


そこからは四分五裂しぶんごれつの乱戦へとなだれこんでいった。


ひぐらしという男は、ただでさえ赤鬼相手に善戦するほどの技量うでまえである。

そこに不死という付加価値までもが上乗せされ、戦局は泥沼どろぬまの命のけずりあいに発展した。


殺しても殺しても殺戮人形さつりくにんぎょうは立ちあがり、そのたびにまたひとつ赤いしかばねが積みあがる。


東雲しののめとしては願ってもない展開であった。

とうに足止めの役割は完了し、この船に貿易船を追う余力よりょくは残っていない。

あとは眼下がんかの争いに巻き込まれないよう、すみやかに海へ飛び込めばよい。


だがしかし、東雲しののめは動こうとしなかった。


無駄に目ざとい彼の瞳が、気がつかなくてもよい違和感を拾ってしまったからである。

 

漆黒しっこくの刃が赤鬼の咽喉のどを貫いた。

そして返す刀がまた別の鬼の喉笛のどぶえを真一文字に斬り裂いた。


単なる偶然ではない。

甲板に転がっているしかばねは、すべて咽喉のどを裂かれて死んでいた。

はんで押したような異様な亡骸なきがらを見ているうちに、とある光景が脳裏によみがえる。


確か、東雲しののめがこの世界で目を覚ました時、とりでの地下で殺されていた赤鬼もこのように咽喉のどから血を流してはいなかっただろうか……。


いや、もっと記憶をさかのぼれば、あの月夜の晩に咽喉のどを裂かれて死んだのは――ひぐらしであった。


途端とたんにあの瞬間の出来事が走馬灯そうまとうのごとく浮かびあがる。



   *     *     *



「地獄へちろ、東雲しののめ――!」


そう言って、先に東雲しののめ咽喉のどへ刀を突きつけたのはひぐらしであった。

死闘しとうの果てに、これが互いにとって最期の一撃になるとわかっていた。


かたや一人でも多く殺すために、かたや一時でも長く生き伸びるために、ゆずれぬ狂気が極限までふくれあがり衝突しょうとつした。


東雲しののめせまりくるやいばを左腕を犠牲にして受け止め、かがみあわせのようにひぐらし咽喉のどをなで斬りにした。


夜闇よやみにおびただしい血がきあがり、その赤い命のしずくごしに、黒々とした憎悪ぞうおの瞳が東雲しののめつらぬいた。


じっとりと、たましいに喰いこむような視線がからみつき――、そして、ひぐらしが吐き捨てた言霊ことだまのとおり、東雲しののめは地獄へとちていった。



   *     *     *



「そうか……、お前が、俺をこの場所へ連れてきたのか……」


不思議と、東雲しののめの心はこのなぎの海のように静かであった。


因果いんがという言葉が、すとんと彼の足もとに落ちて、ようやくこの世界におのれの足で立っている実感を得る。


――世界の真理ことわりなど難しいことはわからない。


しかしながら、あの瞬間、死のふちで消えゆくはずだった魂をしばった未練の叫びこそ、この状況を生み出す根源こんげんの種だったに違いない。


東雲しののめは己が生きることを望み、ひぐらしは他者を殺すことを望んだ。


そのどちらが正しかったとか、不毛ふもう倫理りんりを挙げつらねるつもりはない。

ただ彼らが望むままに、この世界は彼らに血肉ちにくをあたえた。

きっとそういうことなのだ。


東雲しののめ帆柱ほばしらを蹴って甲板へと降り立った。


ひぐらしッ!」


なぜ、そのような行動に出たのか、自分でもよくわからない。


「お前の殺しそこねた男は、ここにいるぞ!」


東雲しののめは鋼鉄のもりを構え、挑発するように笑ってみせた。

生前の彼であればまず取り得ない選択である。

ひぐらしがヘドロの化け物になったように、きっと自分もどこかが変わってしまったのだろう。


しかしそれでいい。

東雲しののめは今の自分を思いのほか気にいっていた。


生き伸びるために背をむけて逃げるのではなく、末期まつごのケジメをつけるために、東雲しののめひぐらしへむかって走り出した。

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