④終焉のカウントダウン


風がやんだ。

厚く垂れこめていたきりは晴れ、船の真上にはんだ青空が静かにこちらを見おろしている。


白い大きな月と、現世うつしよよりも小さくやわらかな太陽が、すまし顔で相対あいたいするようにのぼっていた。


静謐せいひつという言葉が自然と浮かぶような、美しい空である。

きっとあの場所からは、下界げかいいやしい争いごとなど、なにも見えていないに違いない。


不気味なほど音のしない海域で、巨大な艦隊かんたいが三隻、小さな貿易船を目指してゆっくりと波をきわけ進む。


あといくばくもせず、裏切り者に乗っ取られたあわれな帆船はんせんは、航路開拓こうろかいたくの命を受けた赤鬼の先遣隊せんけんたいに引き渡されることだろう。


もしもこの瞬間にささやかなさいわいというものがあるのなら、無風の天候であるがゆえに、艦隊の進行が遅々ちちとしていることくらいか。


それもまた、気休きやすめ程度の些事さじである。


波はこおりついたように穏やかで、遠目にきり白壁はくへきがぐるりと四方を囲むようにとぐろを巻いている。


この場所は、迷路海流めいろかいりゅうのほぼ中央に位置する〝雲海うんかいの目〟と呼ばれるなぎの海域である。


赤鬼の一団はここを中継地点とさだめ、迷路海流めいろかいりゅうの観測を行っていたのだ。

それも本日をもって御用納ごようおさめとなる。


貿易船の甲板では、あらかた作業を終えた元島民たちが、緊張した面持おももちで黒光りする艦隊を出迎えていた。

今日この日のために、何年も前から浮島うきじまへ潜り込んでいた青鬼たちである。


彼らの中には、じりものの姿も幾人いくにんか見受けられた。


ようやく長年の密命みつめいから解放されるというのに、彼らの表情はかたい。


しかしその中にあってひとりだけ、鼻歌でも歌い出しそうなほど相好あいこうくずした者がいた。

ダネルである。


「嬉しそうね」


レイラが平静をよそおった口振くちぶりで呟いた。

彼女もまた、握りしめたこぶしが色を失い、白さを増した顔が蝋人形ろうにんぎょうのようにこわばっている。


言葉尻ことばじりとげがあったが、歓喜のただ中にひたるダネルの耳には、なぎのそよ風にかき消されるほどどうでもよい音の差であった。


「歴史的瞬間だ。――五年間、この瞬間ときだけをずっと夢見た!」


壮大そうだい自己陶酔じことうすいおちいった者特有の、尊大そんだいな台詞である。


だがしかし、レイラには彼の傲慢ごうまんな態度を笑うことができない。

このままとどこおりなく海図が先遣隊せんけんたいの手に渡れば、彼の主張はただの純然じゅんぜんたる事実となるのだ。

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