⑱不穏な影


しばらくして、食堂にレイラが戻ってきた。


(……お?)


島の女衆にずいぶんと長い時間捕まっていたらしく、薄汚れたボロ雑巾のようだった姿が、頭のてっぺんからつま先まで見違えるように磨かれている。


東雲しののめは手帳を静かにめくりながら、横目で彼女の変貌へんぼうぶりを盗み見た。

トトはすでにしゃべり疲れて一足先に夢の世界へと旅立っており、無防備に腹をあおむけにしていびきをかいている。


(……なんだ、また面倒事か?)


東雲しののめ怪訝けげん面持おももちで酒をなめた。


せっかく晴れやかなよそおいに彩られ、あかぬけたというのに、少女の表情はなぜだかひときわ暗く曇っている。

原因は、隣りに立つ男のせいであるようだった。


「あれ、あの子は……」


ふいに、背後の席でさめざめとむせび泣いていた若い青鬼の青年が声をあげた。

とりでに捕まっていた中のひとりである。


「よかった、知り合いと再会できたんだな」


そう言って、ことさら感動したように鼻をすする。

その口振りは、どこか他人事のようであった。


「知り合いって、アンタらはあいつと同じ船に乗っとったんだろう?」


「ん? いいや、彼女は俺たちが海賊に捕まる前から、あの砦にひとりだけとらわれていたんだ」


「……なに?」


「君たちと逃げる少し前に、赤鬼オグル頭目とうもくが彼女だけをろうから連れ出していってしまってね。心配してたんだよ。でも無事でよかったなぁ」


「…………」


東雲しののめは眉根をよせた。


そういえば彼女はあの日、砦の二階の窓から飛びおりてきた。

よく考えればおかしな話である。東雲しののめが階段へ火を放ったのは、青鬼たちが牢から抜け出す前だったのだから……。


レイラと話しこんでいる男は、東雲しののめに水のさかずきをすすめてきたじり者の青年であった。


彼は人好きのする笑みを浮かべながら、少女の手をとり再び食堂を出ていった。


「ふーん……」


彼女は始終、浮かない顔であった。


東雲しののめは数瞬だけあとを追いかけようか迷ったが、ガリガリと頭をいて、杯をあおった。


それは護衛ではなく、忍の仕事だと思ったのだ。


ただ、彼女は明日、西大陸行きの船に乗るのだろうかと、睡魔すいまによってまんじりと鈍くなった頭で考えるのみであった。



【第二章・了】

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