⑭老婆と蜂蜜酒
「鳥がおるわいな」
「あ?」
しわがれ声に振り返ると、背後に腰の曲がった老婆が立っていた。
「黒い鳥がおる。それも三本足とは、おかしなこともあるもんじゃわえ」
どうやら、
それにしても鳥とは、どこをどう見たらそのように映るのか。
「おい、まーたセンリ
「悪いねぇお客人、その婆さんちっとボケてるんだ。適当に相手してやってくれや」
「ああ」
呆れたようにそろって苦笑いを浮かべる島民たちだったが、彼らの視線にはかすかに心配の色がにじんでいる。
もちろん、絡まれた
良い島だ、と素直に感嘆の気持ちがわいた。
呆けた老婆など、
しかしそれだけではなく、ここに居る者たち皆が迫害される側の辛さを知っているがゆえに、この島は温かなのだ。
「なんじゃ、女々しく水なんぞ持ちよってからに。
「いや、せっかくだが……」
「ワシの酒が飲めんのかえ」
(面倒くせェ……!)
典型的な酔いどれの横暴である。
老婆は
おっ、と
この香りは知っている。
蜂蜜といえば、伊賀の里では薬用として重宝される贅沢品であり、
思わず、こくり、と
蜂蜜の酒など聞いたこともないが、その
しかしながら、それでも
生と死を両腕に乗せた
「臆病者め」
「!」
老婆の
「まっことつまらん、つまらん鳥じゃ。さては貴様、空も飛んだことがないな」
ことごとく見当はずれな
図星をつかれた気がしたのだ。
「見てくれも悪いし、歌も下手そうじゃ。面白味のない鳥じゃわいな」
「おい、ババア、さすがに言い過ぎだ」
「事実じゃろうて」
ハン、と老婆はせせら笑った。
ボケ老人の
軽く流せば良いものを、そうすることができないのは、老婆の指摘が
「ビビリめ、
「……なにが言いてえ」
地を
遠目から様子をうかがっていた青鬼たちが、たちまち不安の表情を濃くしたが、漏れ出す怒気をおさめることができない。
腹の内側を土足で踏み荒らされた気分だった。
「恐いからと、巣でうずくまっておっても良いことはないぞ。どうせいずれはヘビにでもパクリとやられる」
「…………」
そんなことは百も承知だ。
もうやられた。
老婆の言う通り、ビビったのである。
里を抜ければ追っ手がかかる。
よるべなく一生逃げ続けなければならない不安定な未来へ、踏み出す覚悟を持てなかった。
そんなどうしようもなく情けなく、
「鳥ならば、四の五の言わずに飛べ。すぐには上手く飛べずとも、何度
「……簡単に言いやがって」
なかなかどうして、耳に痛い
頭では分かっているのだ。
しかし一度死んだにも関わらず、
浅ましいほどに、生への
死が怖いのではない。
一日でも、一時でも長く、生きていたいのだ。
いつだったか、同僚の誰かに「生き
けだし
魂に染みついた性根とでも言おうか、恐らくもう一度死んだとて、この悪癖は直らないに違いない。
しかしそれではいけないのだ……。
それ
「なんじゃ、イケる口ではないか」
楽しげに老婆が笑った。
「飛べ飛べうるせェ、先に
「やってみぃ、小僧めが!」
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