⑬地獄飯
大粒の涙を流して喜びに打ち震える一群を、
「すまない、つまらない話をしてしまったな」
「……いや」
「そういえば、アンタも明日、俺たちの船に乗るんだろう?」
「俺たち? お前さん、船乗りか」
「ああ、しっかり送り届けてやるから安心してくれ」
男は、人好きのするからりとした笑みを見せ、どんと胸を叩いた。
なるほど、確かに彼の節くれだった手はひどく荒れているが、奴隷のように貧相なものではなく、武骨な力強さがある。
島と海上を行き来する生活が長いのだろう。噂の西大陸へも、幾度となく赴いたことがあるような口ぶりだ。
「その西の大陸とやらは、どんな場所なんだ?」
「いいところさ! 痩せた土地ばかりの
ふーん、と
別して男の話が疑わしかったからではなく、自分の眼と耳で直接確かめるまでは、なにごとにおいても信用しないたちなのだ。
しかし信じないからといって、情報の信憑性をつまびらかにすることは
「だったら、どうしてここの連中は西の大陸で暮らそうとしない?」
ざっと観察した限り、この島の生活に不足があるとは思われない。
酒も食い物も日用品も、過不足なく行き届いているように見受けられる。
しかしそうはいっても、陸地の安定した環境を放棄してまで、陰気な
「そりゃ、俺たちにとって、ここが〝
告げられた理由は、
要するに、彼らは〝この場所〟で満足してしまったのだ。
一世一代の覚悟を決め、命を懸けて海を渡り、奇跡的に辿り着いた安息の地。
劣悪な境遇から逃れてきた青鬼たちにとって、この島での生活は、もはや十分過ぎるほどの贅沢に満ちていた。
加えて、ここには同じ
良くも悪くも、一度あたえられた安堵と共感と充足は、再び重い腰をあげてまで、夢の大陸を目指す気力を
もちろん、この島を離れて西大陸へ移住した者もいる。しかしそれと同じ数だけ、島を終生の都とさだめた者も多いのだ。
気持ちは分かる。
しかし
* * *
とりとめのない話をしていると、しばらくして、厨房の方からひときわ大きな歓声があがった。
どうやら宴の料理ができたようである。
急にすきっ腹がきゅうと情けない自己主張をしてきた。
無理もない。何日も海藻で
忍とて、飢えもすればひもじさも感じる。
普段あまり食には
だがしかし。並べられた皿の中をのぞいた彼は――絶句した。
「……は?」
これはなんだ……。
硬直する
そこにはなんの疑いも
忘れていた。やはりここは地獄の世界なのだと、強制的に再認識させられる。
なにせ食卓の上が地獄絵図なのだ。
中央に山のごとく積み上げられているのは、泥団子としか思われぬ黒々としたこぶし大の
その他、ムカデによく似た
あれほど「腹が減った!」とやかましく
驚愕が一周まわって真顔になってしまった
とても水を差せる雰囲気ではない。
どこかに援軍はいないのか。
完全なる
いや、待て。これを
ひとたび
下忍の下である彼は、里の秘伝である
そのため、水が無い場合は小石を口にふくみ
そう、とどのつまり生存のための食だと割り切れば、これらの異物を口にすることもやぶさかではない。
どのみちここで食わず嫌いをおこしたところで、明日以降の船の上で出される食事が劇的に改善される期待は薄く、頼みの西大陸へも、このまま空腹を抱えてたどり着けるはずもない。
しかしそうは言っても、まだ重要な問題が残されていた。
食堂に充満する未知の
(食っても死なんだろうな?)
なにせ初の
一介の
すでに死後の世界である地獄で、さらに死んだ場合はどうなるのか、という根本的な疑問はさておき。地獄の住人でない人間の身体が、これらの食物を受けつけられるかどうかは判断がつきかねる。
一応、海で小エビや海藻を拾い食いしても体調を崩すことはなかったが、あれらは見た目も味も
見た目もさることながら、
戦国時代における一般的な調味料の種類は、塩、酒、酢、味噌のみである。
それ以外の辛味や甘味などを味付けとしてもちいることに慣れていない彼が、独特な臭いを放つ料理に警戒を抱くのも無理からぬことなのだ。
笑顔咲く
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