⑫混じり者

とりでに囚われていた青鬼たちがこちらへ気づき、感謝の嵐とともにトトが輪の中へかつがれていった。


東雲しののめも余波に巻きこまれかけたが、咄嗟とっさにお茶をにごして抜け出した。

酒のさかながわりに見世物にされるのは御免ごめんこうむる。


もうひとりの旅の連れも、いつの間にやら島の若い女たちに捕まっていた。

ズタ袋のような彼女の衣服を新調してくれるというのだ。

レイラはしどろもどろになって百面相を披露した後、そのまま彼女たちの熱気にもみくちゃにされて食堂を出ていった。


束になった女ほど面倒なものはないな、と東雲しののめは黙って頷いた。


酒宴は弾むような盛りあがりである。


その喧騒けんそうの中に、ふと奇妙な容姿の者たちがいた。

髪も肌もすべてが青白い島民たちに混ざって、赤みがかった小麦色の肌の鬼がいる。


すわ赤鬼か、と東雲しののめは片眉をはねあげた。


しかしよくよく観てみると、彼らの体躯はがっしりとたくましい筋肉に覆われてはいるものの、赤鬼の強靭な肉体に比べればやや頼りなく、額から生えた角も一本であった。

まるで、赤鬼と青鬼の特徴を半分ずつ足して割ったような見かけである。


「混じり者を見たのははじめてかい?」


片隅で壁へもたれていた東雲しののめに、ひとりの男が石のさかずきを差し出してきた。

下戸げことでも思われたのか、中身はただの水である。


軽く礼を言って受け取りながら、口はつけずに、東雲しののめは男へと視線をむけた。


彼もまた、異端な容姿の者であった。

瞳こそ青鬼らしい透きとおるような青紫だが、潮風しおかぜでややいたみの目立つ短髪は、すみに朱を数滴落としたような黒緋くろあけ色である。


「混じり者?」


怪訝けげんな顔をする東雲しののめに、男は酒でささくれた唇を湿らしながら、うわべだけの乾いた笑みを形づくった。


「たまにな、できちまうのさ。俺らみたいな、望まれないはみだし者が」


ああ、と東雲しののめは特に感慨もなくうなずいた。

現世うつしよでもごくありふれた、よくある話だ。


ただ、赤鬼と青鬼、種族が違う者同士でもまじわれば子ができるらしい、という事実に対して相槌あいづちをうったのである。


男もまた、過度に嘆くそぶりもなく、淡々と彼らの身の上に起きた事実のみを語った。


東大陸ホルンガルドでは、種族の血がすべてを決定づける。

赤鬼か、それ以外か。


赤鬼として産まれることができなかった命の価値は、牛馬とほぼ同列であり、働けなくなった者から順に死んでいく。

逆らえば殺され、病や怪我で使い物にならなくなれば放り捨てられ、老いれば衣食住を取り上げられる。

劣等種として産まれた瞬間から、降りかかる理不尽にあらがうすべはない。


混血児こんけつじは、そんな倫理が欠落した社会の象徴ともいえる存在であった。


その身に赤鬼の血が半分流れているとはいえ、奴隷と同じあつかいである彼らは、青鬼たちからはれ物のように見て見ぬふりをされ、もしくは鬱憤うっぷんのはけ口として、理由なき暴力にさらされた。


ありふれた、よくある話だ。


男は、りの深い精悍せいかんな顔立ちに暗い影をにじませながらも、酒気をふくんだ熱い声を落とした。


「ここはいい。こんな半端者はんぱものの俺たちさえも、仲間として分け隔てなく受け入れてくれる」


食堂の中央で、どっと歓声があがった。

顔を上気させた酔っぱらいたちが、食卓の上でにわかに腕と腕を組み合わせ、力比べをはじめたのである。


青鬼よりもひとまわり体格の良い混じり者の男が、挑戦者を次々と沈めるたび、わっと喝采かっさいが沸く。

彼らの間に、血のへだたりは感じられなかった。


観衆の熱気がふくらんでいくにつれて、東雲しののめとともに逃げ出した青鬼たちも、次第にこわばった心を溶かしはじめた。

彼らの閉塞的な故郷では決して繰り広げられることのない愉快な余興を目の当たりにして、ようやく出郷しゅっきょうの実感が湧いてきたらしい。


すすめられるままに酒が入り、泣き出す者、顔をくしゃくしゃにして不格好に笑う者、それを囲む島民たちもまたもらい泣きをしながら、互いの肩を叩きあった。


彼らは皆、命がけで自由を求め、無謀な賭けに勝ったのだ。


伊賀の里で東雲しののめが生涯渇望かつぼうしながらも、最期まで手を伸ばすことのできなかった強さが――命の輝きが、そこにはあった。

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