⑩泳ぐ極楽島

島の内部は巨大な岩窟がんくつであった。


ありの巣のように複雑で入り組んだ通路を進むと、吹き抜けの大広間が現れた。

首が痛くなるほど高い壁面には、広間をぐるりと取り囲む回廊が何層も重なり、その奥からにぎやかな音や話し声がれ響いてくる。


岩盤がんばんをじかに掘削くっさくした象牙色ぞうげいろの硬質な岩肌には、豪奢ごうしゃな彫刻がところせましとほどこされ、円形の天井には美しい幾何学模様きかがくもようの絵画が描かれている。


いたるとろこに大小様々な装飾品が飾られ、それぞれの通路の境には、鮮やかな織り目の布が空間を遊ぶように垂れさがっている。


丸五日もの間、白と灰と黒がにじむ単調な世界を彷徨さまよっていた東雲しののめたちにとって、そこはまさに色の洪水だった。


チカチカと目に飛び込んでくる濃密な極彩色の光景に、しばし三人は圧倒された。


大規模な洞穴をあますところなく明るく照らす個性豊かな照明器具には、光源として火ではなく、光り輝く石が置かれていた。

やわらかな太陽の木漏れ日のように温かいそれは、光の質こそ違うものの、赤鬼の砦で見た白い月の石と同じである。


「こいつは……」

輝光石サンストーンという物ですな」


キラキラとどんぐりのように大きな瞳を好奇心で輝かせて、トトが言った。


西大陸ユーラヘイム原産の鉱石です。伝え聞くところによると、吸収した光と同等の光量を発する性質があるとか」


「ほー、結構な優れモンじゃねえか」


皮肉屋な彼にしては珍しく、なしの賛辞が口をついて出た。


夜間を主な活動の場とする忍者にとって、光源は無くてはならない必需品である。

ゆえに、打竹うちたけという細い竹筒に火種を仕込んだ道具を常時持ち歩くのだが、これが熱いわ焦げ臭いわ長時間は保たないわで、なにかと気を配らなければならない代物なのだ。


ひとつ手に入れられないだろうか、とさもしい画策をしながら、それよりももっと肝心な情報が含まれていたことを、機をみるにびん東雲しののめの耳は聞き逃しはしなかった。


「つーことはだ、アンタらは西の大陸への行き方を知ってんだな」

「あ!」


旅の進退を左右する重大な指摘に、トトとレイラもハッとして島のおさを振りあおいだ。


「…………」


にわかに、両者の間で期待と牽制けんせいの心が膨れ上がり、無言の鍔迫つばぜり合いが生じた。


しかしながら、答えは疑うべくもない。

洞窟内の照明はほぼすべてこの輝光石サンストーンという摩訶不思議まかふしぎな石を光源としている。

その数は膨大で、彼らが西大陸を頻繁に往来おうらいしていることは明白であった。


島長しまおさはふっ、とひとつ息を吐くと、鋭い眼光をさやへ納めた。


「左様。いかにも我々は西大陸ユーラヘイムへの正しき航路を知っている」


「!」


「明日の明朝に交易の船が出る。もしお主たちが西大陸ユーラヘイムへの渡航を望むのであれば、それに乗れ。ほうらとともに流れ着いた青鬼ユニルの何人かも、乗船する手筈てはずになっている」


「本当に!?」


万感ばんかんこもごもといった様子を隠しもせず、レイラは両手を胸の前で握りしめた。


老練ろうれんな島の長は、東雲しののめとトトに視線をむけると、ほんのわずかではあるが、柳眉りゅうびをゆるめた。


「本来であるならば、あおき同族以外の者に手は貸さぬ規則なのだが、お主たちは我らの同胞はらからを救ってくれた。――全島民にかわり、礼を言う」


東雲しののめとトトは互いに顔を見合わせた。

渡りに船とはまさにこのこと。これまでの苦労がすべてむくわれるほどの幸運を、彼らはようやく掴んだのだ。


「ありがとうございます!」


トトは小さな体を礼儀正しく折り曲げて、心の底から感謝を示した。

それに軽く手をひらめかせ、島長は深くしわの刻まれた口もとに薄く笑みを湛えた。


「朝までゆるりとなされよ。今宵こよいうたげだ」

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