⑯エレベーターの動力源


浮き足だった鬼の喚き声が地下の空洞に反響するのを、東雲しののめは仕掛けの裏側で聞いていた。


間一髪、ちょうどカラクリの屋根に取りつけられた飾りかごを、鬼の金棒でひしゃげさせ、動力源である〝浮かぶ花〟を取り出したところであった。


そうとは知らず、階下では赤鬼たちがなんとか仕掛けを動かそうと試みている。

東雲は頭上を仰ぎ見た。


天井の石材のひとつがどんでん返しのようにくるくると回転し、そこにはめこまれた光る石が、せわしなく顔を出したり引っ込んだりしている。

そうやって月光に似た白銀の光が降り注いだり途切れたりするたび、飾り籠から解き放たれた黒い花もまた、ふわりふわりと宙へ浮かび上がったり下降したりを繰り返した。


遊ぶように空中をたゆたうその動きは、まるで夜の海月くらげである。


とにもかくにも、これらがカラクリの核心部という見立ては正しかった。

東雲しののめはひとまず安堵あんどしながら、そっと黒い花弁を指先でつついた。


見た目はまるっきり植物のようだが、触感は陶器のようにすべらかで硬い。

触れても害がないことを確かめると、東雲しののめはちゃっかりそれをふところへおさめた。


そして赤鬼たちの怒号を尻目に、そそくさと自分だけ縄を伝って上階へ引き返したのだった。


   *     *     *


はてさて、ここからは運と時間の勝負となる。


東雲しののめは入り組んだ通路を迷いなく駆け走った。

忍者は一度通った道順を決して忘れない。

道中、各所に置かれた篝火かがりびを蹴り倒し、炎の壁を築いていく。


現世うつしよでも地獄の釜の恐ろしさは耳に届くところであったが、やはり赤鬼たちの使う油はよく燃えた。通路の幅がせまいことも功を奏して、炎はありい出る隙間もなく燃え広がった。


そのようにしていくつかの角を曲がると、前方に上階へと続く階段が見えてきた。

ネズミとの会話にもあった、もっとも注視すべき要所である。


しかしそこにはすでに、他よりも分厚い炎の障壁が、轟々ごうごうと火の粉を散らし燃え盛っている。


周到にも、彼は地下へと降りる直前に、運び出しておいた油樽をしとどにぶちまけておいたのだ。


炎の壁が鬼相手にどれほどの障害となりえるかは賭けであったが、幸いにも、上階で待機しているはずの者たちは、ただのひとりとして降りてきてはいない。

さしもの赤鬼も、螺旋らせん階段の半分以上をふさぐ業火へ飛び込むことはできないようだ。


天井まで黒くこがす熱気のむこうから、異変に勘づいた赤鬼たちの騒ぐ声が、耳に痛いほど伝わってくる。

東雲しののめはほくそ笑みながら、足をゆるめることなく走り抜けた。


(ひとまずは重畳ちょうじょう……!)


もはや彼の行く手をはばむ者はいない。


逃走の極意は、いかに追っ手を長く足止めできるかにある。

そのための釣り餌として、あの不気味な幽霊草に目をつけた自分を、東雲しののめは盛大に褒めたたえてやりたかった。


地下へ隠してあったのだから、よほどの値打ち物だろうと踏んだのだが、まさか蜂の巣をつつくほどの大混乱に発展しようとは、望外ぼうがいの成果である。


すでに青鬼たちはネズミに先導されて砦を出た。

次は東雲しののめの番であった。

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