⑭暗闇の反乱


潮気しおけをふくんだ薄靄うすもやが、夜明け前のかすかな陽光にたゆたう時刻――。


「火事だ! 地下から火の手があがっているぞーッ!」


その声は奇妙なことに、とりでの二方向からほぼ同時に発せられた。

ひとつは門番の立つ玄関口。そしてもうひとつは、青鬼らが捕らえられている石牢のそばである。


夜の静寂しじまにまどろんでいた砦は、にわかに不穏な喧噪けんそうによって叩き起こされた。


「地下だと!? 不寝番ねずばんの野郎なにやってやがる!」

「草は? 草はどうした!?」

「ごちゃごちゃ言っている場合じゃねえ! とにかく急げ!」


赤鬼たちは血相けっそうを変えて持ち場を飛び出し、取るものも取りあえず暗い廊下を疾走した。


その一部始終を、鉄格子の内側にとり残された青鬼たちは呆けた様子で見送った。

本国へ連れ戻される恐怖と絶望でれていた胸中に、困惑と警戒がさざ波となって広がっていく。


突如として降ってわいた騒動を、物陰から息を殺し、じっと見つめるひとつの影があった。


部屋の暗がりに潜んでいたその小さな生き物は、見張りがすべていなくなると、牢檻の壁をするするといおりた。


「――あっ!」


一人の青鬼が驚きの声をあげ、あわてて自らの口を手でふさぐ。


どこからともなく現れた一匹の獣が、その短い前足を伸ばして、壁にかけられている鍵束をつかんだのを見たからだ。


つられるように、いくつもの視線が飴色あめいろの毛をもつネズミへとむけられた。ざわり、と緊張が走る。

賢い囚われ者たちは、はじめの目撃者にならうように、喉までせりあがった驚嘆の声をぐっと噛み殺した。


彼らは、このチミー族という生き物が赤鬼と敵対する立場の種族であると知っていた。

ゆえに、これが自分たちにとって最後の転機なのだと、暗黙のうちに悟ったのだ 。


ネズミは鍵の束をかかえ、鉄格子の間をするりとくぐり抜けた。


「キミは!」

「しっ、お静かに。みな様方、かせをはずされましたらこのトトの後ろにお続きください。外へとご案内いたします」


「!?」

「……恩に着る!」


囚人たちが互いに鍵を解きあっている間、ネズミは木戸の隙間からそっと廊下をうかがい見た。喧噪けんそうは遠く、今ならば脱出も難しくないように思われる。


まさか、こうもあっさり事が運ぼうとは――。


「何者なのだ、あの御仁ごじんは……」


ぽつり、とこぼれ落ちた疑問は、誰の耳にも拾われることなく、カビついた石牢の片隅に転がった。

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