⑫情報収集


「さて、つかぬ事を聞くが、ネズ公」


「はい?」


「逃げろとは言うが、そもそもここはどこなんだ?」


「どこ、と申されましても……。自分もくわしいことは把握しておらんのです。ただ、オグルが占拠している孤島というくらいしか……」


「孤島だと?」


告げられた情報に内心で悪態をつく。

海が近いとは察していたが、まさか島とは……。これは一筋縄ではいかないかもしれない。

逃亡への手順を描き直しながら、もうひとつ引っかかる言葉があった。


「おぐる……、オグルとはなんだ?」


「オ、オグルをご存知ないので!?」


皆目かいもくわからん。――……ついでに白状するとな、ここに来るまでに随分と無体むたいをされたらしく、ところどころ記憶が飛んでいやがる。すまないが、いろいろと教えちゃあくれねえか?」


「な、なんと!」


息をするように嘘を吐き、わざとらしく困った顔をつくってみせれば、ネズミはすんなりだまされた。

あざむいた本人が言うのもなんだが、この獣素直にもほどがある。

東雲しののめはうっかりネズミの行く末が心配になったが、それはそれ、これはこれ。必要な情報を仕入れるため、背に腹はかえられないのだ。

これも人の善意につけこむ〝哀車あいしゃの術〟という立派な忍法である。


ネズミはしばし悩ましげにうなっていたが、すぐさま端的に言葉を返した。


「あまり時間がありませんので、手短にお話しますと。オグルとは赤鬼の呼び名でございます。そして、この砦を根城にしている赤鬼オグルどもは、ならず者の海賊なのです」


「海賊? 冥府めいふの番人じゃあねえのか?」


「メーフ、とは?」


「……ああ、いや、いい。続けてくれ」


ネズミの話に耳を傾けながら、腰帯にくくりつけていた縄で赤鬼の手足を念入りに縛り、仕上げに猿ぐつわを噛ませる。

麻縄の拘束など鬼の怪力の前では焼け石に水だろうが、わずかでも時間稼ぎになればいい。


「コヤツらは、ここいら近海の船を襲っては金品を強奪し、本国で売りさばいているのです」


「ほう……、てこたァ、そこの積み荷もどこぞの略奪品か」


「いかにも」


商船でも襲った後なのだろう。

部屋にうず高く積まれた木箱には、見たこともない香辛料や干物、鉄鉱石に似た石くずなどがぎっしりと詰めこまれている。


また、数十ある樽の中身はすべて油であった。

鼻を寄せれば、砦のいたるところで見かけた篝火かがりびと同じ青臭い香りがする。

この部屋の壁にも小さな油皿が備えつけてあるが、少量でも明々と燃え盛る炎は、日ノ本で流通している油とは比較にならないほどの光量を発している。

京の都で売ればさぞ高値がつくことだろう、といやしい想像が浮かんだ。


「とすると、奥に押しこまれている青鬼も売りモンか?」


「ええ、……やりきれない話でございます。鬼の国では、青鬼たちは生まれながらにして奴隷の身分ですので……。ここの牢に捕まっている者たちはみな脱走者なのです。賊どもが彼らを捕らえ本国へ連れ帰れば、相応の謝礼の金が渡される、というわけでございます」


「……なるほどな」


国に黙認された海賊衆というわけか。瀬戸内の海をなわばりとしている荒くれ者どもがまさしくそうであった。


それにしても、青鬼が赤鬼の奴隷とは。地獄社会もいろいろと複雑らしい。

しかし別段驚きはしなかった。おおかたそのような具合だろうと当たりをつけていた範疇はんちゅうである。


「ならば俺は、人間はどうなる?」


同族に近い青鬼ですら、あのような畜生ちくしょう同然の扱いなのだ。まさか手厚くもてなされるはずもないが、己にとって悪い情報こそつまびらかにしなければならない。


「人間は、その……、大層珍しゅうございますから……」


「珍しい? 人間がか?」


「少なくとも自分は、生まれてこの方あなた様以外の人間に出逢ったことがございません」


「……なに?」


耳を疑った。冥府の底に人間がいないとは一体どういうことか。


諸行無常の乱世、悪行も煩悩もそこかしこにあふれている。

東雲しののめが知る限りの顔を列挙しても、地獄は咎人とがびとの亡者でごった返しているはずなのだ。


薄々勘づいてはいたが、現世で語り伝えられている地獄の様相とは、だいぶ齟齬そごがあるようだった。

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