⑪彼の名はトト
「あ、あなたは!?」
ふいに例の獣がすっとんきょうな声をあげた。
「そ、そのお姿……もしや、もしやあなたは、
あたかも珍獣でも見るかのような、奇異の視線である。
――そんな顔をしたいのはこちらの方だ。とどのつまり、このしゃべるネズミはなんなのだ。
すっかり困惑のるつぼにはまりこんだ
「今すぐお逃げください! ここは危のうございます!」
「……あ? あぁ……いや、そうなんだが、そうなんだがな……」
言われずとも、ここが危険極まりないことは百も承知である。
東雲は返答に窮した。
そもやそも、今この瞬間も赤鬼と仲良く鎖で絡まったままのネズミこそ、一刻も早くそこから抜け出すべきなのではなかろうか。
「あー、そういうお前さんはどうすんだ?」
「ご心配にはおよびませぬ! コヤツの
そう言うやいなや、ネズミは器用に体を反転させ、鬼の衣服から金属製の鍵を取り出してみせた。
この獣、それなりに頭がまわるらしい。
赤鬼を昏倒させた立ちまわりといい、とぼけた見た目に反してなかなかあなどれぬ相手だ。
しかしそう思ったのもつかの間――。
「ふん、ふんぬ、ふんっ!」
獣はひょこひょことそり返りながら、にわかに謎の踊りをはじめた。どうやら鍵の先端を鍵穴へ合わせたいらしい。
しかしながら、ネズミの胴にはめられた鉄輪の鍵穴は背中側にあり、短い手足ではどうあがいても差しこむことができないのだ。
「ふんっ、ふぬん!」
「…………」
間の抜けた一連の光景に、混乱でゆだっていた
他人の
あわれなほど必死な様子でめちゃくちゃに鍵を振りまわす小動物相手に、身構えるのも馬鹿らしくなり、
このまま眺めていても
カチャリという軽い音が、やや
「……大事ないか?」
「っ、か、重ね重ね申し訳ございません!」
驚いたようにピンと耳を立てたネズミは、助太刀されたと分かった途端、恥じいるように二、三度顔をぬぐい、取りつくろうための咳をした。
「申し遅れました。我が名はトト・ガルテリオ・グライス・アロ・アーナック・ミクトラン。失礼ですが、名前をお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「えらく長いな……、俺ァ
「あなた様は命の恩人でございます! しにょにょめ殿!」
――……噛んだ。
にわかに気まずい静寂が両者の間を吹き抜ける。
「し、しのにょ……しのろっ!?」
「…………」
「しにょにゅめ……、シ、しのぬ……っ、ふぐぅッ! も、申し訳ございませぬぅ! 恩人の名前を噛むなど……! このトト、一生の不覚ッ!」
「い、いや、構わんよ。別に……」
「おぉ、なんと
「いやさいやさ」
ハハハ、と
――
純粋な謝意でいろどられた瞳のまぶしさに、むずむずとした居心地の悪さを覚える。
しかし一方で、
(こいつァ、なかなか良い拾いモノをしたかもしれんぞ……)
先ほどの騒動をかんがみても、このネズミが赤鬼と敵対していることは明らかである。
探し求めていた情報源として、ともに逃げ出す相方となってくれはしないかと、ほのかな期待がふくらんだ。
忍法の中には〝
相手のしぐさや言動から、対象の性格、および心の表裏を読み解く
しかしそんなものに頼るまでもなく、このネズミが
あらゆる打算を舌の裏側に隠して、
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