第28話 ぎこちない二人


 カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。

 熟睡できていないからか腰が痛く、体もずしりと重い。

 

 頭を掻きながら体を起こし、大きくあくびをしながら伸びをする。

 右斜め上を見てみると、俺のベッドで寝相よく寝ている明日実の姿が目に入った。


「(……それにしても、昨日は本当に大変だったな)」


 思い出されるのは昨日のこと。

 

 偶然にも明日実の唇が俺の額に触れてしまい、事故的にキスしてしまった。

 その後、気まずい雰囲気が流れる中、俺としてはかなりその……なんていうか、えっちな雰囲気になっていたので猛攻が来る! と思ったのだが、そうではなく。


 明日実は唇に手を当てて、顔を真っ赤にして黙り込んでしまったのだ。

 

 その時にもう一度雷が落ちて、俺に泣きつく明日実。

 どうやら明日実は本気で雷が怖いらしく、一人でいたくないと言われ。

 話し合いを重ねた結果、こうして俺が床に布団を敷き、明日実が俺のベッドで寝るという体制になったのだ。


「(そのせいで、俺は全然寝れなかったんだけどな)」


 明日実が一緒の部屋にいてドキドキした、というのもあるし、俺もやはり明日実に額にキスをされ動揺していた。

 一晩中、うるさいくらいに胸はなり続けていたし、脈も相当速かったと思う。

 

 そのせいでなかなか寝付けることができず今に至る。


「(とんでもない夜だった……)」


 窓の外に目をやれば、青空が広がっていてどこからか鳥の鳴き声が響いてくる。

 まさに嵐が去った後の光景だ。


「(でも、こっちは今から嵐が来そうというか、もう嵐が来てるというか……)」


「…………はぁ」


 俺は深い溜息をついて、起き上がった。










「今日はありがとうございました。泊めていただいて」


 明日実が玄関でぺこりと頭を下げる。

 あれから明日実が少し遅れて起きてきて、一緒に朝ごはんを食べ、迎えが来ているという事で明日実が帰ることになった。


 俺としてはこのまま俺の家に居座るんじゃないかとか、せめて泊まらないにしても、ギリギリまでは俺の家にいると思っていたのだが、帰宅とは予想外だった。


「お、おう。気をつけ――」



「「っ!!!!」」



 視線が合い、すぐに逸らす。

 

 なんだか変だ。

 明日実は朝食の時から俺の方をなかなか見ないし、目が合えばこうして逸らすし。

 ぼーっと何かを考えては顔を赤く染めたり、いつもはベラベラと喋るのに無言だったり。


 かくいう俺も、いつもの調子じゃない。

 明日実を見るとなんというか……頭がぼやけるような感覚に陥ってしまう。


「じゃ、じゃあそろそろ行きますね」


「お、おう。気を付けて」


 明日実が照れ混じりに微笑み、俺の家を出る。

 ガチャリと閉まる扉。


 俺は壁に寄っかかると、ふぅと大きく息を吐いた。


「……どうなってんだよ、マジで」


 そしてもう一度、深い溜息をついた。





     ◇ ◇ ◇





 土日を挟んで月曜日。

 放課後の時間になり、俺と明日実は並んで街を歩いていた。


 今日は家に食材がないのでスーパーに買い出しに行かなければならず、こうして寄り道をして帰っている。


「…………」


「…………」


 明日実と俺は、あの日から持ち込んだ気まずさを拭うことのできぬまま一日を過ごしていた。

 

 いつも通り朝になると明日実が俺の家の前で待っていてくれたのだが、もじもじしていて全然目が合わなかったし、目が合えばこないだのように気恥ずかしくなってすぐにそらしてしまう。


 このぎこちなさの原因は、間違いなく事故キスなのだが……原因が分かったからといって、解決方法が見つかるわけではない。 

 つまり、俺は全くどうすればいいのか分からない状態だった。


 向こう側から自転車が近づいてくる。

 道幅が狭いため、俺が少し明日実側に寄ると少しだけ指先が触れ合ってしまった。


「っ⁉ ……わ、悪い」


「い、いえ。別に……」


 普段なら嬉しそうにえへへとはにかむ明日実だが、今は俺と同様にすぐに距離を取り、長い金髪を耳の後ろにかけている。

 その時に露わになった耳は真っ赤になっていて、頬も元の白い肌に映えるくらいに真っ赤に染まっていた。


「(な、なんだよこれ。ほんと、なんなんだよこれ)」


 地に足がついていないような浮遊感。

 心が落ち着かなく、ずっと胸の辺りがざわついている。


 ふと、視線を明日実に向ける。

 ふっくらとした唇をぎゅっと固く閉ざしていて、まるで何かを堪えているようだった。


 こないだ、明日実の唇が俺の額に……と、またしてもあの時の光景を思い出していると明日実と再び視線を交わし、またすぐにそらす。


「(何やってんだ俺たちは……)」


 もどかしいったらありゃしない。

 こんな感じになるなら、まだ以前のようにグイグイ来る明日実を軽くあしらっている方が楽だった。


 そんなことを考えていると、後方が何やら騒がしかった。

 たくさんの足音が響いてきていて、それが俺たちの方に近づいている。


 気になって後ろを振り向いてみると、ガラの悪そうな男たちが十人ほど、俺たちをめがけて走ってきていた。


「お、おい明日実!」


 俺は本能的に危機を察知して、明日実の手を取る。


「ひゃいっ⁉ ど、どうしたんですか⁉」


「よくわからんが、逃げるぞ!」


「え、あ、はい!」


 明日実を手を繋ぎ、全速力で走る。


 なんで俺たち、追いかけられてんだ⁉



 

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