第27話 電撃が走る


 両方風呂にも入り終え。

 時刻は12時をちょうど回ったくらいで、すっかり夜も更けてきていた。


「すみません、Tシャツとズボンをお借りしてしまって」


 えへへ、と恥じらいながら言う明日実。

 突然俺の家に泊まりに来ることになったので、当然寝るときの服はなく俺のものを貸していた。


 サイズ的にはどれもぶかぶかで、ズボンなんかは丈があってなくて引きずっているが、Tシャツに関しては割とぴったりサイズ。

 それはまぁ……明日実の胸が大きいからだ。改めてみると、存在感のデカさが凄まじい。


「いいよ、気にしなくて。下着姿でいられたら困るし」


 最初は真面目に下着姿で寝ようとしていたので、俺から服を貸すことを提案したのだ。

 初めは不満げにしていたが、服を与えたらなんか嬉しそうにしていたので、それはそれで複雑な気持ちになったけど。


「困るってことは……やっぱり、ドキドキしちゃうんですか? 九重さんは」


「それは……そうに決まってるだろ。俺だって男だし、女の子に露出の多い格好されたら目のやり場に困る」


「別に、九重さんなら遠慮せずに見てもいいのに」


「そういう問題じゃない」


 見ていいなら見ます、という問題ではない。

 単純に恥ずかしいし、変な気になったらどうしようもない。


「さ、そろそろ寝ようぜ。もう眠い」


「はい、そうですね」


「じゃあ言った通り、明日実は母さんが使ってたベッドで寝てくれ。いいな?」


「はいっ!」


 元気よく返事をする明日実。

 俺は従順な明日実にうんうんと頷くと、じゃと言って自分の部屋に入った。

 

 さて、早く寝よう……。


「あ、もう電気消します? もし明るい方がよかったら、恥ずかしいですけど……その、電気付けたままでいいですよ……?」


「なんでナチュラルについてきてんだ⁉」


 うふふ、と自然な笑みを浮かべる明日実にツッコみを入れる。

 あまりにも違和感のない流れで、部屋に入るまでついてこられていることに気が付かなかった。

 

 なんなら、さっき一緒に寝る約束したっけ、と思ったほどである。


「なんでって、今夜は二人一緒に、肌を重ね合って寝るんですよね?」


「いつそんな話した⁉ さっき俺、母さんの部屋で寝ろって言ったよな⁉」


「えぇ? 聞いてませんけど?」


「この子ちゃんと教育しとけよ!」


 約束したならそれを守る。それを破っちゃいけない。当たり前のルールだろうが。

 ……でも、教育したのがあの明日実のお母さんともなれば、不思議と違和感はないな。


 ここは俺がしっかりと再教育しようと思い、「えへへ……教育、調教……っ♡」と呟く明日実の方を向く。


「あのな、前にも行ったと思うけど、俺たちにはそういうのは早いって言うか、節度を持った関係をだな……」


 俺が説教をしていると、明日実がゴソゴソとポケットいじり始め、あるものを取り出して俺に差し出してきた。


「でも、これ…………」


「これは……」


 小さな四角い何か。

 一瞬脳にバグが起きたみたいに何か全く分からなかったが、明日実のほんのり赤く染まった頬と、見覚えのあるフォルムにピンときた。


「な、なんでこれ持ってるんだ⁉」


「そ、それはその……九重さんが私の家に置いて行ったんですよ」


「え⁉ そんなはずは……あ」


 心当たりがあった。

 そういえば、周防先生におふざけで渡されて、ポッケに入れたままだった。

 たぶん俺は、これを明日実の看病に行ったとき置いて帰ってしまったのだろう。

 

「これを私の家に持ってきてたってことは……そ、そういうことですよね? ほんとはあの日、私としようと思って……」


 明日実が珍しく定まらない視線をあちらこちらへやりながら、たどたどしく言う。


「そ、それは誤解だ! ほんとたまたま、周防先生に渡されたものが……」


「い、いいですよ照れ隠しは! 私だって、そりゃ恥ずかしいですし、いざとなったら体が熱くなって逃げたくなりますけど……でも、私はしたい、です……」


「っ⁉」


 ストレートに性的行為を迫ってくる明日実が、今は普通の女の子みたいに恥じらっている。

 その姿はとてもいつもの冗談な感じとは言えず、覚悟を決めた姿で軽くあしらえなかった。


 ごくりと唾を飲み込み、言葉を探す。


「そ、その、だな。俺たちは、かなり変な関係だし、その、そういう覚悟がまだできてないというか……」


「わ、私だってそうです。覚悟なんて全然できてません。……でも、勢いでしてもいいんじゃないかなというか、今がいいチャンスじゃないかなと言うか……」


 もじもじと落ち着かない様子で言う明日実。

 ……な、なんだよそれ。いつもの勢いに任せてガッ! と来てくれたら扱いやすいのに、本気の雰囲気とかどうすればいいか分からないじゃないか。


 それに、明日実が醸し出す色っぽい雰囲気が、俺により明日実が女の子であることを意識させてくる。

 

 ふっくらした唇も、Tシャツを押し上げる豊かな胸も。

 白い肌に赤く染まった頬や耳も、潤んだ瞳も。


 そのすべてが魅惑的で、意識せざる負えない。


「……九重、さん。私、私……」


 明日実が近づいてくる。

 俺は石のように体が固まってしまって、捉えられたように明日実から逃れられなかった。


 明日実が俺の首に腕を回し、距離を縮めてくる。

 柔らかそうな唇が、俺に近づいてきて……そして。



 ――ピカッ!!



 ゴロゴロッ!!!!!




「「ッ⁉⁉⁉」」




 まばゆい光と、地面に響くような轟音に驚いて明日実の体勢が崩れる。


「きゃっ!」


「うおっ⁉」


 そのままの勢いで俺の後ろにあったベッドに明日実を受け止めるような形で倒れ込んだ。




 

 

 ――ちゅっ。






 その瞬間、額に感じる柔らかな感触。

 数秒経って、ようやく状況が理解できた。


 

 ……つまるところ、なんというか。

 

 俺は明日実に、額にキスをされたのである。





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