第26話 残り湯問題


 夕食後、特にすることもない俺たちは再びソファーに座り、コーヒーを飲みながらバラエティー番組を見ていた。

 時刻はすでに九時を回っていて、未だに外は豪雨に晒されている。


 こんな時間まで明日実がいたことはなかったので、初めは感じられなかった実感が徐々に姿を現していた。

 ……明日実、ほんとに俺の家で一晩を明かすんだよなぁ。


 今までどれだけ誘惑されようが、結局何もなしで終わっていた。

 それはやはり、決定的な機会がなかったからであり、なんだかんだで泊まりたいと言ってきた明日実を帰宅させたりと場を作らせなかった。


 ただ、本当にお泊りするとなると、これは決定的な機会になり得る。

 だって、男女が一つ屋根の下で一夜を共にするのだ。しかも、明日実が俺に性的に迫っているというスーパーアシスト付き。


 もはや神様が「今日ヤれ!」と言っている気さえしてしまう。

 ……いや、する気はないし、寝るところも別にする予定ではあるけど。

 正直な話、最近の明日実を見て異性だと思わされなくは……ない。


 もしかして俺、ド変態が一周回って慣れてしまって、女の子として見れるようになってしまったのだろうか。だとしたら俺は重症だ。病院に行かねば。


「九重さん、さっきから何ボーっとしてるんですか? お風呂、沸いたみたいですけど」


 隣に座る明日実に声をかけられて、はっと我に返る。


「お、おう。そうか。先入っていいぞ」


「それはありがたいんですけど……でも九重さん、私の残り湯でウハウハしちゃいません?」


「いやしないから! ほんとしない」


「……しないんですか。そうですか……しゅん」


「何故落ち込む⁉ じゃあ明日実は俺に自分の残り湯を楽しんでもらいたかったのか?」


「はい! もちろんです!」


「変態だ⁉」


 曇りなき瞳で俺に断言する明日実。

 なるほど、残り湯も守備範囲内なんですね、あなたは。

 

 俺は嘆息し、頭を掻く。


「じゃあ俺が先に入って、明日実が後で入るのでどうだ?」


「そ、その場合は……私が九重さんの残り湯を楽しみますけど、いいんですか? というか、許可をください!」


「急に嫌になってきた⁉」


 前々からラブコメとかにありがちな、こういう美少女と主人公がお風呂に入る順番で揉めるシーンで、俺はずっと疑問に思っていた。

 ……別に残り湯とか気にしなくない?


 そのスタンスのもと、毎回なんで気にするんだその程度のことを、と思っていたのだが前言撤回だ。確かに嫌だ。

 これが一般的な常識を持ち合わせた女の子(つまり明日実ではない、明日実家の人間ではない)だと、より受け付けないだろう。


「うーむ……こうなると、どうしたらよいものか」


 悩んでいると、明日実が名案を思い付いたと言わんばかりに手を叩く。


「はいはい! この残り湯問題を解決するには、九重さんと私が一緒に入ればいいと思います!」


「なんでそうなるんだよ!!」


「だって、そうすれば残り湯とか気にしないで済むじゃないですか? それに、九重さんに洗って欲しいところとかありますし……えへへ♡」


「洗いませんけど⁉」


 妖艶な笑みを浮かべ、誘うように俺を見る明日実を一刀両断する。


「えぇーじゃあどうすればいいんですか~。解決方法とか見つからないですよ?」


 明日実は不貞腐れたように唇を尖らせて抗議してくる。


「というか、そもそもそこ恥ずかしがってもしょうがなくないですか?」


「どういうことだ?」


「だって、つまり残り湯ってことは、まぁ要するにお湯に体液が交ざるってことですよね?」


「言い方がめちゃくちゃ嫌なんだけど、まぁ確かに否定はできないな」


「そうですよね! でも、今日どうせ体液を直接交換し合うじゃないですか?」


「んん?」


 当たり前かのように言って来たけど、今さりげなくとんでもないこと言わなかったか?

 戸惑う俺に構わず、明日実が続ける。


「ってことは、むしろ残り湯をお互いに楽しみ合うのはギシギシアンアンっ♡な夜に向けてのウォーミングアップ! そこから導き出される結論は――一緒にお風呂に入り、効率的に残り湯をエンジョイですね!!」


「もう帰れ!!!」


 こんなド変態、うちに置いておけません。

 でも、俺が無理やり明日実を外に出したら、それはそれで喜びそうだな……持ち前のド変態力で。

 

 ……え? そんなことして良心が痛まないのかって?

 痛むわけないだろ、だってこいつド変態だぞ?


「全く……九重さんは意気地なしですね」


「それを言うなら明日実だって……こないだお見舞いに行ったとき、手繋いで頬赤らめてただろ?」


「っ⁉ そ、それは……ね、熱ですよ熱! 熱が出ていたので顔が赤かったんです! それに夕陽も出てたんでそれですよそれ!」


「へえ? なんか焦ってるけど、そんなんでよりえっちなこととかできるのか?」


 ここを好機と見て、俺は果敢に攻める。

 初めて攻勢に出た。


「なんならキスだって、恥ずかしくてできない可能性あるんじゃないか?」


 俺が言うと、ぷるぷると震える明日実が顔をばっと上げ、俺の肩を掴んで押し倒してきた。


「だったら、キスしてあげますよ! はい九重さん、チューですチュー!!!」


「い、意地になるなって!!! ほんと、勘弁!」


「恥ずかしいのは九重さんですよね⁉ わ、私にそんな攻めは聞きませんからね⁉ ほら九重さん、唇を重ねましょうか⁉」


「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」





 ――その後。

 

 何とか落ち着いた明日実に解放された。

 

 残り湯問題は、俺が浴槽に浸からないという事で解決した。

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