第25話 ぬるぬるを絡める
「(あぁーほんと、大変なことになった……)」
キッチンに立ち、沸騰したお湯を見つめながら嘆息する。
外は相変わらずの豪雨で、台風が接近したのかと錯覚するくらいに大荒れの天気だった。
これは外に出ることなんてできない。車なんてもってのほかだ。
「そろそろ、麺入れてもいいんじゃないですか?」
「どうわッ⁉ き、急に話しかけるなよ明日実」
「九重さんがボーっとしてるのがいけないんですよ」
隣で腰に手を当てて言う明日実。
この嵐のせいで帰れなくなったというのに、やけにご機嫌だ。
「そういえば、お母さんとかはなんて言ってたんだ? 俺の家に泊まることになって」
「あぁー、なんか、色々と注意を受けましたね」
「そ、そうか」
あのド変態の究極体みたいなお母さんのことだから、明日実と同様に大興奮であれこれ言ったんじゃないかと思ったが、そうではないらしい。
流石に母親として、外泊することになった娘のことを心配しているという事か。ふぅ、よかったですほんと。
安心してほっと胸をなでおろしていると、明日実が「いやいや、そうじゃなくて」と切り出す。
「床ですると背中とか腰が痛くなるからやめろっていうこととか、対戦前はお風呂にないりなさいとか、そういう注意を受けたんです!」
「やっぱりかー!」
さすがはド変態一族の奥様。期待は裏切らない。誰の期待か知らないけど。
「ちなみに、一応アフター○ルの用意をしてくれるそうです。あはは、念入りな前準備ですね! さすがお母さんです!」
「ガチガチに期待されてる感が嫌なんだが⁉」
もうそれ、俺がこのお泊りを機に明日実とそういうことするのが既定路線みたいになってるじゃないか。
いやしない。絶対しない。まだ手を繋ぐことですら恥ずかしいのに。
俺は気持ちを誤魔化すように、袋めんを鍋の中に入れる。
ここからあと七分。麺が解れるのを待つ。
「そういえば私、こういうらーめん? みたいなものを食べるのは初めてなんですよね」
「へぇーそうなのか。まぁ明日実、お嬢様だもんな」
「お嬢様というか……まぁ、普段の食事は洋食が多いので。シェフの方も、イタリアンとか、フレンチとかを得意としてますし」
「シェフいるのかよ……」
あれだけ大きな家で、しかもメイドさんがいるのだから専属のシェフがいたところでおかしくはない。
だが、そもそもそういう家が存在してること自体、現実味が湧かない。
明日実は初めて見るというラーメンにかなり興味津々で、時折クンクンと匂いを嗅いでは、ほぉーと声を漏らしていた。
俺は根っからのラーメニストなので、ラーメンに興味を持つ人を見たら布教したくて体がうずうずしてしまう。ってかラーメニストってなんだよ。
「初めてなら、卵落としてみるか。贅沢にな」
「この中に卵を入れるんですか?」
「そうだ。特別な日にしかやらないスペシャルなメニューだけど、明日実が初めてって言うなら豪華にしたいしな」
「そ、そうですか……なるほど」
明日実が照れるように頬を掻く。
「つまり、豪華にしてくれるという事はやっぱり嵐の中での野外プレイ……少々豪華すぎませんかね? やっぱり初めては通常の方が、後々発展させやすいのかと……」
「はいはいベタな勘違いはいいから。黙ってなさい」
「今のは九重さんがひどくないですか⁉ 私が常にえっちなアンテナをビンビンに張ってることご存じでしょう? そう、ビンビンに……えへへ!」
「もう黙れッ!!」
確かに俺の言葉を顧みた方がいいかもしれない。
でもそうなると、いちいち発言に気をつけなきゃいけなくなるから面倒なんだよな……だって、明日実の解釈する力は半端なものじゃないし。
「さささ、九重さん! 卵落としちゃってください!」
「お、おう」
目をキラキラと輝かせる明日実。
俺ははぁとため息をつき、切り替えて卵を取り出す。
「さぁさぁ!」
明日実が体を寄せ、俺の腕に体を密着させる。
もはや驚きもしない明日実の柔らかな体に、ふわふわとしていて、それでいて重量感のある胸の感触がしっかり伝わる。
だが、驚きもしないからと言って慣れているわけじゃない。
近い近い、と軽く忠告しながらも、俺は卵を割って鍋に落とした。
「おぉ~」
明日実は反応がいいので、悪い気はしない。
「終わったから、離れろ離れろ」
「えぇ~いいじゃないですか」
体を俺にすりすりとこすりつけながら、どさくさに紛れて俺の手を握ってくる。
しかも、指を絡めてしっかりと恋人繋ぎだ。
「お、おい! 卵割ってちょっとぬるぬるしてるんだからやめろ! つくぞ!」
「ぬるぬる……うへへ、たくさんつけちゃってもいいですよ?」
ぬるぬるを広げるように、俺の手をいやらしい手つきで撫でまわす。
よくない、これは非常に良くない。
「は、ハメ外しすぎだ! ちょっとは俺のこと考えろ!」
強引に離れると、「えーん、九重さ~ん……」と不満げに唇を尖らせる。
「誰のせいで、手を繋ぐことが好きになったと思ってるんですか……」
「そ、それは……知らん」
「全く、九重さんは罪深い人ですね」
ため息をついて、にひっと笑う明日実。
やけにテンションの高い明日実に、俺はどっと体が重くなった。
その後、明日実は初ラーメンを美味しくいただきました。
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