第24話 帰れなくなった


 ある日。


 いつも通り学校から帰宅した俺たちは、家でのんびりとくつろいでいた。

 今日は珍しく密着しておらず、一定間隔をあけてソファーに座り、大人しく映画を見ている。


「(なんかこいつ、今日は変なんだよなぁ)」


 普段なら嫌でも強引に体を寄せてきては、手を繋いできたり、耳に息を吹きかけてみたり、そのままぺろりと舐めようとしてきて俺が全力で避けるといった具合なのだが、指一本ですら触れようとしてこない。


 あれだけスキンシップがどうとか、ステップアップがどうとか、性に関してストイックな明日実らしからぬ行動だ。

 それに。


「なぁ明日実」


「ひゃいっ⁉ きゅ、急に話しかけないでくださいよ……」


 ふぅ、と慌てた様子で長い髪を耳の後ろにかける明日実。

 白い頬に、ほんのり赤がさしている。


「(……おかしい。これじゃまるで俺を意識してる普通の女の子みたいじゃないか。明日実が普通の女の子とか、絶対にありえないのに)」


 なんて不審がっていると、


「……私、実は全身が性感帯なので、身構えてないと感じてしまうんです」


「あっそ」


「ちょ、ちょっと! ひどいじゃないですか反応が! 淡白すぎます……」


 不満げにぷくーっと明日実が頬を膨らませて言う。


「じゃあなんて言うのが正解だったんだよ」


「そりゃもちろん、『敏感なんだね、明日香』とか『じゃあここはどうかな、気持ちいい?』とかですよ」


「何がもちろんなんだよ! あと、俺はそんな気持ちの悪いことは言わない」


「気持ちいいの間違いでは?」


「ブレないなほんと……」


 やっぱり明日実は相変わらずド変態だった。

 さっき俺が感じていた違和感も、もしかしたら杞憂なのかもしれない。


「そういえば、今日は雨強いですね」


 明日実が窓の外を見やる。

 ザーザーと音を立てるほど雨が激しく降っていて、おまけに今は風も強そうだ。

 学校を出た時はただ雨が強かっただけで、タイミングがよかったと言える。


「そうだな。今朝のニュースを見た感じだと、結構天気が悪くなるかもな。どうする、帰る?」


「帰りませんよ! 何なら、今日は曇りでも晴れでも、雲一つない星空でも私は帰りませんよ!」


「絶対に帰れ! お泊りはダメだ!」


「な、なんでですか! いいじゃないですか私たちの仲なんですし!」


「俺たちの仲ってなんだよ!」


「そりゃ、主従関係に決まってるじゃないですか」


「そういえばそうだった……」


 俺が明日実のご主人様である要素が見当たらな過ぎて、完全に忘れてしまっていた。

 俺、とんでもないド変態のスレイブを飼ってるんだったな。売りたい。


「というか、あんなもの置いていった九重さんがよく言えますね……ごにょごにょ」


「え? なんだって?」


「なななんでもありません! それより、ずぶ濡れプレイっていいですよね! 雨とか野外が確定してるので、ずぶ濡れ+野外で相当ずぶ濡れに……えへへ、ややこしいですね」


「やかましいわ!!!」


 さすがはすべてを自分の都合通りのエロに解釈する明日実だ。

 今日もその能力は健在らしく、事あるごとに一般的な事象が明日実を経てエロ要素を足されている。


 もはやその才能には称賛の声を送りたい。もはや、ね。










 それから二時間ほどが経過した。

 先ほどから見ていた映画もようやくエンドロールを迎え、見るものがパッと思いつかないので何となくテレビに切り替える。


「この時間は何も面白い番組やってないな」


「そうですね。まだ七時前ですし、大体はニュース番組でしょう」


 明日実の言う通り、報道番組ばかりが流れている。

 仕方なく適当についたニュースを流していると、驚くようなアナウンスがなされていた。



『関東全域で、大雨に注意が必要です。発達した雨雲が接近しており、東京での雨量は……』



「「……え」」


 実は雨が気になるとのことで一時間前くらいからカーテンをしており、外の状況が全然わかっていなかった。

 映画にも集中していたし、まるで注意をしていなかったのでまさかそんなことになっているとは思ってもみなかった。


 意識すれば、確かに雨音が随分と強い。それに窓がカタカタと揺れていて、風も相当強いことが分かる。


「……な、なんかマズくないですか? 大雨というか、もはや嵐な気が……」


「そんなことあるか? まだ台風とかそんな時期じゃないし……なぁ?」


 言いつつも、恐る恐るカーテンを開ける。


「げ……」


 視界に広がっていたのは、揺れる木々に横殴りの雨。

 窓ガラスにも雨がぶつかっていて、凄まじい勢いだった。

 まさに嵐と呼ぶにふさわしい光景。


 唐突に携帯の振動する音が響く。


「あ、すみません。私です」


 明日実がポケットからスマホを取り出し、電話に応じる。

 時折、「えぇ」「そう」と相槌を打ち、電話が終わるとワクワクしたような顔をして俺の方を見た。


「九重さん、朗報です」


「嫌な予感がするんだけど……」


 怯える俺に対し、明日実は満面の笑みを浮かべて言った。




「私、どうやら帰れないみたいです」




……うそん。

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