第21話 弱ったド変態
その後、俺は明日実のお母さんに怒涛の質問攻めにあっていた。
好きな子のタイプは何だの、前に付き合っていた子はいるかだの。
普通の質問の中にさも当然にように好きな体位を聞かれたときはさすがにツッコまざる負えなかったが、「うふふ」と上品に微笑んで済まされるので無敵だと思った。
何年か経てば明日実もこうなるかもしれないと思うと、戦慄を覚える。
というか今日、明日実のお母さんの話を聞いて俺のこれからの人生が決まったような感じがしてならない。
伝統、というのは強制力の強いものだし、もはや抗う事さえ体力の無駄なのかもしれない。
明日実のお母さんのセクハラを三十分くらい受けて、今度はまたメイドさんに案内され別の部屋へ。
またしても豪邸の中を三分ほど歩き、たどり着いたのは一際大きい部屋の前だった。
流れからして恐らく、ここが明日実の部屋なんだろう。
「明日香様。九重様を連れてまいりました」
メイドさんがドアをノックし、中から「はいぃ」と弱った声が聞こえてくる。
俺はゴクリと唾を飲みこみ、部屋の中に入った。
「では、ごゆっくりどうぞ」
バタン、と音を立ててドアが閉まる。これで明日実と二人っきりというわけか。
部屋の中はリビングよりかは少し狭いが、それでも人一人の部屋とは思えないほどの広さをしていた。
ふと視界に入る、大きなベッド。よく見れば、明日実がベッドの中に入り、俺の方を見ていた。
「九重さん、いらしたんですね」
「お、おう。周防先生にプリントを頼まれてな」
ひらひら、とプリントを見せつける。
「そうでしたか。てっきり私は、九重さんが奴隷のためにお見舞いに来たんじゃないかって思って、急いで下着を勝負下着に変えたんですよ?」
「いらない準備だったな」
ひとまず明日実の近くに寄る。
ベッドの脇に小さな椅子があったので、そこに座った。
「風邪引いてたんだな。大丈夫か?」
「えぇ。今はだいぶ落ち着いてます。元々、そこまでひどい症状ではなかったんですけど、朝微熱があったので九重さんに移してはいけないと思って、大事をとってお休みを……」
起き上がろうとする明日実。
「いいからいいから。安静にしてろ。まだちょっと顔赤いし、熱あるんじゃないか?」
「どうですかね。少し体がぼやぼやしてる感じはあります。でも、一回戦するくらいの体力なら残ってますよ?」
「誰が病人とするんだ。とにかく安静にしてろ。これは命令だ」
「め、命令……ふふっ、気持ちのいい言葉です」
「うん、元気そうで何よりだ」
明日実がド変態のままでいるという事は、そこまでひどい熱ではないのだろう。
ひとまず安心だ。
「あ、でも悪い。明日実が体調崩してるなんて知らなくて、俺お見舞いの品とか持ってきてない」
「いいですよそんなの。九重さんが来てくれたことだけで、私はだいぶ、元気になりましたから」
熱っぽい顔でふふっ、と微笑む明日実。
素直な言葉に、思わずドキリとしてしまう。
「でも、もし九重さんが私に何かしてくれるというのなら、一つ聞いてくれますか?」
「え? ま、まぁいいけど」
「じゃあ……そうですね」
「私の手を、握ってもらえませんか?」
明日実が目を細めて言う。
「手、か?」
「そうです。別に添い寝とかでもいいんですけど、それだとより風邪を移してしまいそうなので今回は手で我慢します」
「添い寝はそれ以外にも問題があるだろ!」
「それに、一日でもスキンシップをやめたくないじゃないですか。私たちは一分一秒でも早く、ステップアップをして蕩けるような夜を過ごさないといけないんですから!」
「いつそんな使命が生まれたんだ⁉」
「すみません、間違えました」
「うん、だよな。よかった。安心し――」
「夜だけに限定するのは間違いですよね。朝でも昼でも、アツアツな交わりはありますもんね!」
「もうほんと寝ろッ!」
このままだと興奮してさらに熱が上がりそうなので、ここらへんで落ち着かせることにする。
それに、俺としてもこれ以上耳を犯されたくないしな。……まぁ、さっき散々明日実のお母さんに言われたんだけど。
「じゃあ、手、握ってくれますか?」
「……はぁ、分かったよ」
もぞもぞ、と布団から差し出された手を、俺はいつものように握る。
やはり明日実の手は細く、でも熱を出しているからか熱かった。
「結構熱いな」
「まぁ、九重さんに興奮してるので」
「興奮するな」
「ふふっ、厳しい命令、ですね……」
明日実がだんだんと、力が抜けていくように目を閉じていく。
瞼を閉じては開き、閉じては開きを繰り返し、そしてやがて完全に閉じてしまった。
「ん、んぅ……九重さん」
「もう寝ろよ。寝て早く風邪直して、明日から学校来いよ」
「でも、今、私、すっごく、幸せな気持ちなんです……だから、寝たくなくて……」
「寝ろって。寝てもしばらくはここにいとくから」
「ほんとですか? なら、嬉しいです……」
言葉尻がどんどん弱まり、消えてしまいそうになる。
もう睡魔がすぐそこまで迫っているのだろう。
「んぅ……九重さぁん」
むにゃむにゃ、とまるで子供みたいな顔をして目を瞑る明日実。
改めて見ると、やはり明日実の顔は綺麗で、モデルのように整っている。
肌ももっちりとしていて、弾力がありそうな、触りたくなるような頬だ。
いつの間にか、俺は明日実に見とれていた。ただ純粋に、綺麗だと思った。
明日実の呼吸がだんだんと規則的になり、寝息へと変わる。
俺は安心して、そのまま明日実の手を握ったままでいると明日実がぽつりと呟いた。
「私、九重さんのこと……好き、ですよぅ……」
初めて言われた『好き』の二文字に、俺は不覚にもドキリとする。
だが今はこいつの寝言だし、しかも明日実は恋愛感情を理解していないようなのでどういう意味の好きなのかも分からない。
だからそんな明日実の一言を真に受けるなんて……。
「あ、ありえねぇだろ……」
自分に言い聞かせて、自分を戒める。
それでも明日実の『好き』という言葉が頭から離れなくて、俺は必死に首を横に振り、邪念を払うのだった。
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