第22話 赤ちゃんみたいな寝顔
時計の針の音が、カチッと規則的に響く。
来た時には青かった空はオレンジ色に染まり、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「んぅ……」
明日実が赤ちゃんみたいな寝顔で寝息を立てている。
もちろん布団から少し出された右手は俺と繋がっていて、少し高めの明日実の体温が手のひらを通して伝わっていた。
かれこれ二十分、ずっとこのまま。
明日実が寝付くまでは繋いでいようと思っていたが、もうこれは寝たと言っていいだろう。
ふと、無意識に明日実の寝顔に視線が吸い寄せられる。
ほんのり赤みを浴びた熱っぽい顔に、乱れた金色の髪。
見るだけでその感触を想像できてしまうほどに柔らかそうな頬に白い肌は、本当に幼い子供みたいだ。
「(というか、やっぱりこうしてちゃんと見れば、明日実は可愛いんだよな……ちゃんと)」
黙ってれば可愛いんだから、とか、黙ってればカッコいいのに、とはよく言ったことだが、明日実ほど当てはまる奴はそうそういるもんじゃない。
改めて自分の置かれた状況を認識すると、俺はこんなにも美人で、体つきも女の子らしくて、まさに理想の女の子みたいな子に言い寄られてるんだよな。
いやもはや、言い寄られてるを通り越して、明日実家の伝統曰く、運命の人になってるわけで。
「俺の人生、どうなっちゃうんだろうな」
振り返れば、始まりは幼馴染をヤ○チンに寝取られたことだった。
それから全校生徒に嫌われて、静かに学校生活を送ろうと思ったら明日実が転校してきて、何故か隷属宣言されて……うん、ほんとに現実か?
「むぅ……九重さん、もうこれ以上はできないですよぉうぅ……」
「どんな夢見てんだよ」
たぶんドエロい、それこそ明日実が普段から言っているような行為がされていそうだ。
今の寝言を聞く限りだと、俺めちゃくちゃしてそうだし。ありえないけどな、明日実が一方的に受け身なの。
「って、そろそろ時間か」
流石に長居するわけにはいかない。
もとより明日実が寝たら俺の任務は終了だし、もっと遡れば当初の目的はプリントを届けることだ。
別にここから早急に出なきゃいけない理由などないけど、ここに居座る理由の方がもっとない。
俺は帰宅することを決め、明日実を起こさないようにゆっくりと手を解く。
――しかし。
「ッ⁉」
手を離そうとすると、寝ているはずの明日実がギュッと俺の手を握ってきた。
それはまるで、赤ちゃんに人差し指を差し出したら握るような、そんな本能的行動。
明日実の純粋無垢な寝顔もあって、俺はまさしく食らってしまった。
「(こ、こいつ……なんだよこいつ⁉ 調子狂うなほんと、そんな塩らしい感じ出すなよ……じゃないと)」
……じゃないと、俺はどうなるんだ?
胸の鼓動が急に早くなる。
熱を帯びた触れ合う手のひらに、自然と意識が集中して、俺は……俺は……。
(お、奥様! 押さないくださいよ!)
(しょ、しょうがないでしょう⁉ 今いいところなんだから!)
(あとで私が小説家並みの描写力でお伝えしますからここは引いてください!)
(嫌よ! 肉眼でしっかり見たいもの!)
ドアの隙間から覗く明日実のお母さんとメイドさん。
俺は慌てて明日実から距離を取り、プリントを椅子の上に置いてすぐに明日実の部屋を出た。
動揺する明日実のお母さんに俺は近づく。
「な、何盗み見してるんですか!」
「い、いいじゃない! だってすっごい青春だったし、おばさんもそういうの欲してるのよ!」
「それが盗み見していい理由にならないですから! あと、俺帰ります!」
「えぇ⁉ 泊まっていったらいいのに……」
「ありがたいお言葉ですがお気持ちだけいただいておきます!」
「えぇん……」
残念そうにする明日実のお母さん。
逆になんで俺が今日泊まってくれる思ったんだろうか。
強引にこの家の中に連れてこられたというのに。
明日実のお母さんをジト目で見ていると、メイドさんがこほんと咳ばらいをする。
「では、玄関までお見送りいたしますね」
「……メイドさんも盗み見してたこと、忘れてませんからね?」
「ぎくり。……わ、私だって? お嬢様の成長されたお姿がみたいと言いますか……」
慌てた様子で取り繕うメイドさんに、明日実のお母さんがメイドさんの肩をポンと叩く。
「この子も、明日実家専属の使用人の家に生まれて幼い頃からこの家にいるから、かなりえっちなのよ? 第一、初めに盗み見していたのはこの子であって……」
「ななな何をおっしゃいますか奥様!」
必死に明日実のお母さんの口を塞ごうとするメイドさん。
「だからね雅くん! お説教するべきなのはこの子なのよ? 何なら、お仕置きしちゃってもいいわ! どんなお仕置きでも……ね?」
「っ⁉ そ、それを言うなら奥様だってそうですよね⁉ 盗み見はしたわけですし、私と同罪なわけで!」
「ダメよ、私は主人がいるもの。だから、えっちなお仕置きはNGね♡」
「奥様ッ!!!!」
がみがみと言い合いをする二人をよそに、俺は深いため息をついた。
「……帰りたい」
ド変態しかいない状況に、心身ともにすっかり疲弊してしまった俺だった。
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