第20話 明日実家の伝統



 ……CONTINUE。



 ふふふ、と上品に微笑む明日実のお母さん。

 いかにも奥様、という言葉が似合いそうな感じだが、言葉にしたのは『赤ちゃんプレイ』というパワーワード。


「(……やはりそうか。あのド変態は、先天的なものだったッ!!!)」


 頭を抱えていると、追撃してくるお母さん。


「あれ、かなり恥ずかしいわよね。でもでも、お母さんが大好きな男の子にとっては、昔思い出すみたいですっごく気持ちいいって、主人から聞いていたのよ?」


「そんなこと聞きたくもありませんでしたよ……」


 明日実のお母さんもド変態だという事を知り、さっきまであった緊張とか遠慮とかが綺麗さっぱりなくなった。

 だってそうだろ。相手はド変態を生んだド変態だ。


「あら、意外にもまだそういうのが恥ずかしいお年頃なのね」


「違いますが⁉ あの、赤ちゃんプレイとかそういうの、俺娘さんとしたことないんで!」


「えっ⁉ し、シたことないの⁉ じゃあ監禁プレイも、緊縛プレイも⁉」


「してません! 断じてしてません! 何なら、キス以上のこともしてませんから!」


 俺が言うと、頭を抱えるお母さん。


「そ、そうだったの……代々うちの家系で、女の子は高校生になるとそういうのに目覚めるのだけど……」


「どんな家系ですかそれは」


 性に対する興味が曲がった方向に強い家系など聞いたことがない。

 だがやはり、今の話を聞く限り明日実のド変態さは伝統を持っていたのか。

 ……普通にヤバいな、それ。


「しかも明日香はね、小さい頃からそういうのに興味津々だったのよ! 小学生の頃から夜になると夫婦の寝室にやってきて、覗いてたりしたくらいだし。いやぁ、私は中学生だったんだけどねぇ」


「聞いてもないヤバい情報がポンポン出てきますね⁉」


 明日実の昔の話をし始めて止まらなくなったお母さんが、懐かしむように続ける。


「中学生の頃から、そういうえっちな漫画とか本とかを読み始めてね、愛読書はもちろん官能小説だったわ。しかもハードな」


「す、すごいですね……変態の英才教育だ」


「まさにそうね! イギリスにいたときは周りの子も性にオープンで、日本よりそういうのが進んでたから、明日実も一皮むけてたわ」


 誇らしげに言うお母さんを見て、俺は嘆息する。

 明日実があのド変態になったのは、これを見てしまえば仕方がないとさえ思ってしまう。

 

 この家に生まれたからには、あぁなる運命なのだろう。

 恐るべしド変態のサラブレット。


「じゃあ、娘さんは昔から男女交際とかに積極的だったんですか?」


「いや、そんなことはなかったわね。あの子、男の子と今まで手も繋いだことないと思うわ」


「そ、そうなんですか」


 そういえば、明日実もそんなことを言っていた気がする。

 

「うちは代々、ちょっと変でね」


「ちょっとどころじゃないと思います」


「じゃあだいぶね!」


 全く嫌そうにしていない辺り、そこら辺の常識は欠如しているんだろう。

 明日実のお母さんが嬉しそうに続ける。


「だいぶ変わってて、ある日突然、一目惚れみたいにその人に出会うのよ。私の場合は今の主人なんだけど、一目見てビビっと来たわ。あ、この人なんだって」


「な、なるほど」


「初めは主人、困惑していたわ。それにシャイだったから、全然私の好意に振り向いてくれなくて、一方的だった時期もあったわね。でも、いつしか主人も私にメロメロになって……ふふっ、今夜は久しぶりにお祭りかしら」


「最後は言葉にしないで思うだけに留めてくださいよ……」


 明日実のお母さんの夜の事情など聞きたくもない。

 

「とにかく、明日香は雅くんに出会ったってわけ。明日香の母としては、お話しないわけにはいかないでしょ?」


「それはそうですけど……ってことは、伝統でいけば俺は娘さんのその人ってことですか?」


「そうね。生涯でたった一人だけの男の子だわ」


 ということは、俺は明日実と本当に生涯を添い遂げるってことじゃないか。


「ち、ちなみに、その伝統はどれだけ確実性が……」


「私の知る限り、先代からずっと続いてることだわ!」


「俺の人生終わったーッ!!!!」


「だ、大丈夫よ? あれだけ嫌がっていた主人も今は私にベタベタだし、うちの家系に入ると男の人は成功者になること間違いなしだから」


「マジでとんでもない家系だな⁉」


「つい先日も、やらかした月島さんのところの会社を主人が受け継いでいたし」


 そういえば、ニュースで今日報道されていた気がする。

 どこまでも現実離れしている家だ。ほんとに現実か?


「……まぁ、月島さんの裏金はうちが暴いたのだけどね。ま、それは関係ないか!」


「関係大ありだ!!!」


 つまり、今回の件に関しては明日実家によるところが大きい、というかほぼ全部というわけか。

 明日実は手段と知性を持ったド変態、とは言ったがそれどころじゃない。権力も、金も、家柄も持ったド変態だ。


「(これ、本格的に俺の人生詰んだんじゃ……)」


 割と絶望していると、そんな俺を見かねた明日実のお母さんがサムズアップしてきた。


「安心して! 私たちの家族になれば、毎日が最高に幸せになるわ! 未来安泰、快楽パラダイスね!」


「このお母さんどうにかして⁉」


 もはや俺は、自分に手に負える状況にないことに気が付き、色々を諦め始めているのだった。

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