第17話 応接室でコーヒーを


 明日実との変わった日々が始まって二週間が経った。

 相変わらず俺と明日実は一緒にいて、俺のド変態耐性も実のところかなりついてきた。

 

 とはいえ、まだ明日実を全部受け入れる準備というか心持ちというか……つまり、ヤってない。

 何なら手を繋いだ以来、それ以上のことはしておらず、いつも通り過激に迫ってくるのと、手を繋ぐこと以外はしていなかった。


「(ま、助かるけどさ)」


 助かるが、逆に言えば嵐の前の静けさというか、そう言ったものを感じていなくはない。

 明日実が俺に隷属している限り、性的な行為においてなにが起こるか分からないし、隷属が解除される見込みもない。

 

「(俺の高校生活、お先真っ暗なことに変わりはないんだけどさ)」


 洗面台に手をついて、深い溜息をつく。

 今日も変わらず人相の悪い面だなと思いながら、俺は洗面所を出た。


 ソファーに置いてある鞄を取り、ブレザーに袖を通す。

 今頃明日実が俺の家の前で待ってるんだろうな、なんて思っていると、流しっぱなしにしていたテレビから気になるニュースが聞こえてきた。



『あの有名な月島社長の裏金問題ですが、つい先日、代表取締役を辞任することが発表されました。そして、月島社長が経営していた企業が、あの――』


 

 月島社長とは、俺の幼馴染を寝取った月島のお父さんだ。

 そういえば最近、明日実のことに気を取られ過ぎて気にしていなかったが、愛花と月島は今頃何をしているんだろうか。


 話をあまり聞かないし、目立ったことはしていないんだろうけど。


「って、やべ。そろそろ出ないと」


 気づけば時刻は八時十分を回っていて、急いで支度を済ませて玄関を出る。

 いつもなら俺が出てきたのを見て嬉しそうにする明日実が「おはようございます!」と開口一番に言ってくるのだが……。


「すまん、遅れた……って、あれ?」


 そこに明日実の姿はなく、外に出て辺りを見渡してみても、どこにも明日実はいなかった。


「何かあったのかな」


 明日実がいることが当たり前だったので、妙な違和感がある。

 明日実なら何が何でも来そうな気がするし。


「って、ヤバいヤバい! そんなこと言ってられねぇ!」


 登校時間は刻一刻と迫っていて、俺は急いで学校に向かった。










 放課後のチャイムが鳴り響く。

 わらわらと他の生徒たちが動き出す中、俺は何となく明日実の席を見ていた。


「(あいつ、今日来なかったな)」


 結局明日実は今日登校してこなかった。

 周防先生は「途中からくるかもしれない」と言っていたが、そんなことはなく。


 いつも明日実が俺に付きまとってくるが故に、今日はやけに俺の周囲が静かに感じてしまった。


「(俺、もしかして寂しく感じてんのかな……)」


 感じたことのない変な気分になっていると、


「おい九重! ちょっと職員室来てくれ」


 ホームルームを終えたばかりの周防先生に呼び出された。


「え、なんですか?」


「ちょっと話あるんだよ。ほれ、コーヒー淹れてやるからついてこい」


 ちょいちょい、と手招きをする周防先生。

 普段なら放課後はすぐに家に帰り、何故かついてきている明日実と適当に暇をつぶしながら貞操を守るのだが、それも今日はない。

 つまり、暇という事だ。


「分かりました」


「よしきた」


 にひっ、と笑う周防先生の後を追って、俺は鞄を肩にかけた。










 なんだか久々の職員室。

 応接室にて、周防先生と対面に座ってコーヒーを飲む。


「で、なんですか? 今日はオセロですか? それともチェス? あ、竜王戦最近あったから、将棋とか?」


「ここはボドゲ部か。違うよ。今日は九重に話があってな」


「話?」


「そうだ」


 コーヒーを一口飲んで、周防先生が切り出す。


「月島のことだが、正式に退学が決まった」


「そうだったんですか」


 俺の言葉に、周防先生が目を見開く。


「意外だな。もっとこう……『やったぜふぅー!』みたいな、大学に合格したくらいのテンションで来ると思ったんだが」


「俺のことなんだと思ってるんですか。そんなんじゃないですって」


 逆にあれだけのことをして退学じゃなかったらびっくりだ。

 予想の付いていたことだけに、驚きも少ない。


「それにそもそも、割と月島とかどうでもいいんで。今は他の問題が……あぁ、大変だ」


 思わず頭を抱える。


「ま、お前『大魔王』だもんな?」


「先生までやめてくださいよそのあだ名! ほんと困ってるんですから」


 俺が言うと、周防先生が楽しそうにケラケラ笑う。


「いいじゃん大魔王! 私も学生時代、言われたかったなー!」


「なわけあるか!!!」


「しかも、あの明日実を隷属だろ? 最高じゃないか……で、どうだった? 明日実の豊満ボディは」


「そんなこと教師が聞くな!!! あと、ヤってないですから俺!!」


 俺が必死に否定すると、周防先生が顎に手を当てて思案顔を浮かべる。


「でも、他の生徒から聞いたぞ? 明日実に首輪を繋いで全裸で散歩させた、とか部屋に一日監禁して好き放題した、とか」


「してないわそんなの!!!」


 どんだけ噂に尾ひれがついてるんだか。

 ……でも、全部明日実がしたそうなことだな。

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