第15話 俺の家住んでたっけ?


「ただいまー」


「ただいまですっ」


 今日も授業を終えた俺は、真っすぐ家に帰宅した。

 両親は海外に行っていていないので、広い家には俺一人。

 もはや慣れてしまった状況だが、思えば随分と変わった生活を送っているなと思う。


 家に帰ってすぐに洗面台に向かい、手を洗う。

 健康体が日々の生活を送るうえで一番大切なことなので、これは欠かせない。


「ハンドソープお借りしますね。あ、今度私の家から持参してきますよ。タオルとか」


 しっかりとうがいもして、清めたところで二階の自分の部屋に上がる。

 ブレザーを脱いでハンガーにかけ、鞄を机の上に置いた。


「わぁ、これが男の子の部屋なんですね。ふふっ、毎晩ここで九重さんが寝ては起きての生活をしていると思うと、なんだか興奮しちゃいますね……はぁ、はぁ♡」


 まだ時刻は四時頃なので、夕飯までにはかなり時間がある。

 基本的には昼寝をしたり課題をしたり、あとはアニメや映画などを何となく見ることが多いが、今日はたまっていたアニメを消化したいので、リビングに行くとしよう。


 その前に部屋着に着替える必要があるのだが……。


「さてさて、九重さんのおかずはどこにありますかね? そこで性癖なんかが知れれば、助かることこの上ないんですが」


「…………」


「あ、ベッドの下なんかどうでしょう? 漫画見たことがありますが、男の子はベッドの下にえっちな本を隠すというのが定番で……」


 四つん這いになり、大きなお尻をふりふりしながら俺のベッドの下を漁るド変態。


「うーん、ないですね。あ、もしかしてデジタル派だったりして――」



「あのさ、なんでナチュラルに俺と俺の家に帰宅してるわけ?」



 ようやく溜め込んでいたツッコみを吐き出す。

 俺の言葉に、何を言ってるんだと言わんばかりにキョトンとする明日実。


「なんでって……どうしてですか?」


「まさかこの質問をそのまま質問で返されるとは思ってなかったよ」


 こいつに現在の状況に対する違和感は一切ないのだろう。

 俺は呆れたようにため息をつく。


「あのな、ここ俺の家なわけ。それはわかるよな?」


「えぇ、それはもちろん。だって九重さんの部屋のゴミ箱を漁ったら、少しイカ臭い匂いが……」


「しねぇよ⁉」


「あら、でも随分と興奮する匂いがしたんですけどね?」


「匂いまでバグってるんですね変態って……」


 呆れを通り越して怖さを感じてくる。


「ほんと、俺に一人の時間はないのかよ」


「あ、もしかして……一人でシたいんですね?」


「違いますが⁉ 普通に、ド変態と一緒にいるだけで俺のメンタルが削られるんだよ!」


「ど、ド変態……っ! ま、全く九重さんは、焦らしと蔑みとが、得意なんですね……嫌いじゃありませんよ」


「やっば無敵じゃん」


 何を言っても明日実のストライクゾーンに入っている気がする。


「……はぁ、まぁ覚悟はしてたけどさ」


「でも、当たり前じゃないですか? 私は九重さんに身も心も捧げたんですから、常に傍にいることは必須かと思いますけど」


「確かに正論なんだけどね? でも、そこまでガチとは」


「ガチですよ本気ですよ! だって、私はこれからの長い人生を本気で九重さんに捧げたんですから!」


「は、はぁ」


 勝手に人生を捧げられて非常に困る。

 それも明日実のような、きっとどこに行っても人気になれそうな金髪碧眼美少女だと。

 ……まぁ、ド変態な部分を隠せばだけど。


「……まぁとにかく、今から着替えるから出て行ってくれ」


「ん? どうしてです? これから何度も九重さんの全裸を見るというのに」


「なぜそれが確定してるんだ? 一言も、そんな話はしてないぞ?」


「ご奉仕するうえで、全裸になることもありますよね⁉」


「まずご奉仕がいらない!」


 俺の言葉に、明日実がはっと我に返る。


「なるほど、わかりましたよ九重さん。何気に自分だけ脱ぐのが恥ずかしいんですね? 分かりました。じゃあ私も脱ぎます!」


 ブレザーを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外し始める明日実。


「脱ぐな脱ぐな!」


 俺が止めると、首を傾げながら手を止める。


「あれ、違いました?」


「大外れだよ! とにかく、一旦部屋から出てくれ。いいな?」


「む、むぅ……ここだけの話、九重さんの着替えを手伝うくらいの覚悟と楽しみはあったんですが」


「楽しみって言っちゃってるじゃん」


「九重さんがそこまで言うなら仕方がありません。部屋の外で四つん這いで待機してますね」


「何故に四つん這いで?」


 誰も四つん這いで待てなんて言ってないはずだが。



「何故って、そりゃ――そっちの方が興奮するからですよ!」



「どこまでもド変態だな⁉」


 四つん這いって、まるでそんなの犬みたいじゃないか。


「じゃあ私は、部屋の前で九重さんが着替える音に自分を慰めながら、待ってますねっ♡ ふふっ、では」


「普通ポジション逆だろ……」


 俺のツッコみももはやおかしいが、明日実はもっとおかしい。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら俺の部屋から出て行き、ぱたんと扉を閉めた。


「早くしてくださいね!!!」


「着替えづらいわ!!!!」

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