第10話 命令されて喜ぶ子


 やたらと上機嫌な明日実と並んで登校する。

 明日実が超絶美少女であるが故に、元々視線を集めやすいというのもあるが、やはり今に限っては別の原因が強くあるだろう。


「九重様っ♡ いい朝ですね!」


「あぁー、うんそうだねー」


 適当に返していると、周囲がひそひそと俺たちを見ながら話し始める。


「ねぇ、今九重様って言わなかった?」


「言ってた言ってた! ってか顔ちょー怖くない?」


「って、あの九重だよ。昨日の話知らないの?」


 ……非常に居心地が悪い。

 が、予想通り、昨日の出来事は学校中に広まっているようだ。


 それもそのはず、突然やってきた金髪碧眼美少女転校生が月島というヤ〇チン、そして俺の幼馴染のとんでもない真実を暴露したのだから。

 最終的にはあの場に多くの生徒がいたわけだし、こんなセンセーショナルな事件が広まらないわけがない。


 そ・れ・に。


 最後の明日実の発言もまた……というか最後の明日実の発言こそ、顎が外れるくらいに衝撃的だったわけで。


「ふふふっ、九重様のお隣~♪」


 やはり俺は、このド変態に目をつけられた時点で学校生活は詰んでいたのかもしれない。


「(それに、明日実は謎に力持ってるから、敵に回すのも怖いんだよな……)」


 昨日の月島を完全に沈黙させた一件は鳥肌物だったし、月島のお父様が捕まったのも、おそらく明日実が一枚噛んでいるに違いない。


「(ただのド変態じゃないとか、一体こいつは何者なんだ……)」


 そうこうしているうちに学校に到着する。

 当然浴びせられるのは、無数の好奇の視線。

 アイドルが学校に登校した並に大注目な俺たち二人だが、視線に含まれているものは決していいものじゃない。


「私たち、すっごい注目されちゃってますね、九重様っ」


「あの……九重様っていうのやめてもらえる?」


 俺が言うと、慌て始める明日実。


「えぇ⁉ どうしてですか⁉ だって、九重様は私のご主人様で、私は身も心もすべて九重様に捧げていて……」


「ちょおぉ! こ、声がデカいって!」


 その声量だと周りに明らかに聞こえてしまう。


「ねぇ、今ご主人様って言わなかった?」


「身も心も捧げたーとか言ってたよね⁉」


「ふ、二人ってそういう関係?」


「でも、あの九重だしあり得るかも……」


「(あの九重ってなんだよあの九重って!)」


 明日実が言っていた通り、見た目だけ見れば同級生を隷属しそうな奴に思えるのだろうか。

 ……なんだよ同級生を隷属しそうな奴って。人相が悪かったら悪評もここまでになるのか。


「頼む明日実! 俺を九重様って呼ぶな!」


「……それは命令ですか?」


「め、命令って……」


 急に欲しがるように明日実が体をもじもじとねじる。


「私は九重様の奴隷なので、命令されてしまったら言う事に従う他ないですけど……」


「く、くぅ……」


 こればっかりは仕方がない。


「わ、分かった。命令だ、明日実。俺を九重様と呼ぶな」


「っ!!!!!! は、はいっ! ご主人様っ♡」


 尻尾が生えていたらぶんぶんと振っていそうな勢いで、恍惚とした表情で返事する明日実。


「ご主人様とも呼ぶな!」


「は、はぁいっ!」


 さらに嬉しそうに頬を緩ます。


「(だ、ダメだ……命令されて喜んでる……)」


 このレベルのド変態は俺の手に負えない。

 どこかに捨てることはできないかと思うが、明日実なら捨てても捨てても一生帰ってきそうな気がする。


「ふへへ、いい朝ですねぇ」


「どこがだどこが!」


 もはやこれじゃあ、どっちに主導権があるか分からない。

 跳ねるように歩く明日実とは対照的に、深い溜息をついていると見知った顔が目に入った。


 寝不足みたいな感じでとぼとぼと歩いていて、俺と目が合う。


「げっ、こ、九重……」


「あ、月島」


 俺は勝ち組! みたいな感じで胸を張って歩いていた月島だが、今はそのオーラがひとかけらも感じられない。


「こ、こっち見んじゃねぇよ」


「悪い……って、なんで謝ってんだ俺は」


 こんな奴に謝ることなど一つもないというのに。

 隣を歩く忠犬こと明日実も、月島の存在に気づきニヤっと笑った。


「あら、月島さん。よく学校に来ましたね?」


「こ、こいつ……お前のせいで、俺はこんなことに!」


「何言ってるんですか? 全部月島さんが悪いんでしょう?」


「うっ……」


 明日実の圧倒的なオーラに怯む月島。


「私の愛するご主人様に手を出したのが悪いんです。それより大丈夫ですか? お父様の方は。今大変でしょう?」


「この野郎……ぜ、絶対に許さないからな」


 月島が捨て台詞を吐いて、大股でその場から去っていく。


「月島ももう終わりか」


 月島にイケイケの輝きは感じられない。

 学校での地位を失い、父親の後ろ盾も失った月島がこれからどうするのか。

 周防先生が煙草のほか、目を瞑られていた問題行為の数々を報告したみたいだし、まず月島の退学は免れないだろう。


「(それでも今日学校に来るとか、ここまできたら呆れ通り越してすごいとすら思うな……)」


 俺が月島の立場だったら、絶対にそんなことはできない。

 まぁ、月島のことなど俺には関係のないことか。


 ……そんなことより。


「おい、明日実」


「はいっ、なんですか⁉」


「……さっきご主人様って言ってた」


「はっ!!!! ご、ごめんなさい九重さん! 私としたことが……ば、罰を! 私に罰を!!!」


「罰とかいらないいらない!」


「く、靴を舐めましょうか⁉ それとも、全身をお舐めして……ぐへへへ」


 ……やっぱり誰か、うちの奴隷をもらってくれないでしょうか。

 

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