第8話 裁きを下そうの回②


「まず初めにこれを見てください」


 明日実がカバンから取り出した書類の束を突き出す。

 月島は困惑しながらもそれを受け取った。


「……は? なんだよこれ」


 書類を見た瞬間、顔が真っ青になる月島。


「これは現在、月島さんが五股している証拠です。いえ、体だけの関係を含めたら二桁はいきますかね」


「っ⁉」


 明日実の発言にざわつく教室。


「え、嘘。今月島くんが五股って言わなかった?」


「体だけの関係も含めたら二桁だって……」


「なんかヤバくない? 月島くん全然何も言わないし」


 俺自身も初めて聞いたので驚いていた。

 周防先生から女の子絡みでだいぶやんちゃなことをしていると聞いてはいたが、まさかここまでとは。


 周囲の反応を見て、月島が慌てて反論する。


「いやいや、何でまかせ言ってんだよ! そんなわけ……」


 紙をぺらぺらとめくるごとに、月島の威勢が衰えていく。


「実は腕のいい探偵の知り合いがいまして、その人に依頼したらボロボロと出てきました。正直、よくここまで隠し通せたなと感心したくらいです」


 追い打ちをかけるように明日実が言う。

 ダラダラと汗をかき黙ってしまう月島に、遂に愛花が声を上げた。


「と、斗真! それほんとなの? 嘘だよね⁉」


「それ、は……」


「斗真っ!!!」


 必死な愛花に明日実がふっと笑う。


「天野さんは堂々と浮気したのに、自分が浮気されるとそんな顔をするんですね?」


「な……何急に言ってんの! いい加減にしなよ!」


 声を荒げる愛花に、明日実は余裕そうな表情で答える。


「いい加減にするのはそちらの方では? 自分がしたことを棚に上げるどころか隠ぺいして、すべての責任を九重さんに押し付けた。そうですよね?」


「そ、そんなことない! 私はそんなことしてないもん!」


「……なるほど。それでもなお嘘を突き通しますか。その姿勢は見上げたものですが、ここで認めていた方がよかったですね、天野さん?」


「え? 何言って……」


 明日実が不敵な笑みを浮かべ、あらかじめ用意していたプロジェクターを使って動画を表示させる。


「これは九重さんが浮気をしたという噂を流された前日の、九重さんの家近くの監視カメラの映像です」


 動画に映し出されていたのは、仲睦まじく歩く二人の男女。

 

「え……」


「わ、私……」


 はっきりと映る月島と愛花の姿。

 そして数秒後、誰もいないことを確認して二人はキスをした。



「「ッ!!!!!!!!!」」



 確信的な瞬間。

 教室が騒然とする。


「この通り、二人はキスをして、そのまま九重さんの家に入っていきました。さて、どちらが浮気をしたのか、もうこれで明らかですよね?」


 決定的な証拠を出されて、黙り込む二人。

 決着あったかと思われたが、愛花は机をドンと叩き立ち上がった。


「こ、こんなの作り物よ! 私たちはこんなことしてない! 浮気したのは雅で、私はこんなこと……!」


「じゃあ聞きますが、九重さんが浮気したという証拠はどこにあるんです?」


 明日実は毅然として訊ねる。


「そ、それは……」


「あなたたちが言ってるだけですよね? 私は今、九重さんの身が潔白である根拠を多く言いました。月島さんは何人もの女性と関係を持っていて、ここには監視カメラでの決定的な証拠がある。でもあなたは九重さんの浮気の証拠を一切持っていない。――さて、どちらの言い分に信憑性がありますかね?」


「っ……!」


 力強い明日実の言葉に、反論の糸口を見つけ出せない愛花。

 黙り込んでしまう愛花と月島に、周囲はさらに動揺していた。


「な、なんかこれヤバくね?」


「要するに、実は月島くんと天野さんが浮気してたってことでしょ?」


「九重に責任擦り付けてたとかひど……」


 周囲の反応通り、今この場において状況が完全に逆転していた。

 それもこれも全部、明日実が作り出したのだ。


「(こ、こいつ……ただの変態じゃない! 知性と手段を持った変態だ……!)」


 俺には正直、五股している月島よりも、平気で寝取られた幼馴染よりもこの変態が怖い。

 明日実は黙り込んだ二人を気にせず続ける。


「つまりですね、この二人は自分たちが浮気しておきながら、それが九重さんにバレたらすべて九重さんのせいにしたんです!」


 ざわつく教室。


「ま、マジかよ……」


「ほんとに? 私は九重が浮気をしたって聞いたけど?」


「でも月島は五股してんだろ?」


「正確には十以上な?」


「やべぇだろこれ……」


「じゃああの痣も自作自演ってこと?」


 なんなら騒ぎを聞きつけた他クラスの生徒も集まってきていて、ものすごいギャラリーに囲まれていた。


「(ま、マジか……。ほんとに俺の誤解が一瞬にして解けそうになってる。二人は何も言えなくなってるし)」


 勝負あったかと思われた場面で、月島がぽつりと呟いた。


「……いいのか、こんなことして。俺にこんなことして、ただで済むと思うなよ! 俺の父さんはな、この学校に多額の寄付をしてるんだ! 父さんにこのことを言えば、お前の学校生活も――」


「問題ありません」


 明日実が月島の言葉を遮って言う。


「……へ?」


 明日実の答えを想定していなかったのか、マヌケな声が漏れ出た。

 

「おいおいおーい、私を通してくれー」


 生気の籠ってない声が聞こえてくる。

 生徒の間を縫って来たのは、今日も今日とて起きているか分からないほどに気だるげな周防先生だった。


「周防先生⁉」


「おっす九重。元気してるかー」


「挨拶のタイミング今じゃないでしょう⁉」


 俺のツッコみを流して、周防先生が月島を見る。


「月島、今入ったニュースなんだが、お前のお父様は裏金問題で捕まったぞ」


「……は?」


 あっけに取られる月島。 

 周防先生がさりげなく言うもんだから、俺も一瞬何を言っているか理解できなかった。


「だからこの学校における権力なんてないし、お前はただの一般生徒だ。ってことで、鞄に入ってたタバコも没収な。これも問題行為っと」


「ちょちょちょ! 何言ってんだよ! さっきから意味の分かんないことを……!」


 周防先生が首を傾げる。


「わかんないか? じゃあ教えてやるがな――お前、今無茶苦茶やったツケが回ってきてるんだよ」


「な……」


「ハハハ! ざまぁみろ!」


「教師が言っていいセリフじゃないなぁ……」


 どこまでも平常運転の周防先生に、なんだか安心してしまう。

 月島は魂を抜かれたみたいにその場に膝から崩れ落ちた。


 鼻で笑う周防先生に、勝ち誇った笑みを浮かべる明日実。

 完全に勝負あったかというこの場面で、ずっと黙り込んでいた愛花がぽつりと呟いた。


「私は悪くない……私は悪くない! そうだ、全部この二人が悪いんだ! 私は何一つ悪くなんか――」


「何を言ってるんですか? 天野さんは月島さんと同じくらい、悪いに決まってるでしょ?」


「そ、そんなことは……っ!」


 顔を歪める愛花に、明日実はトドメを指すようにニヤリと口角を上げた。



「もうこれ以上は何も言わない方がいいと思いますよ? ただ自分の価値を下げるだけなので」



「っ~~~~~~~!!!!!」


 ぺたんと地面に崩れ落ち、愛花が固まる。

 意外に呆気なくも、完全に勝負が決まってしまった。


 しーんと静かになる教室。

 明日実は誇らしげに横に立つ俺を見る。


「条件はこれでクリアですよね? 九重さん?」


 さっきまであの二人に向いていた矛先が、俺に向く。


「え、いや、あ、あの……」


「九重さん? ……いや、九重様っ♡」


「うはっ⁉」


 明日実が躊躇わず、恍惚とした表情を浮かべて俺に抱き着いてきた。

 そして多くの生徒が注目するこの場所で、衝撃的な一言を言うのだった。




「これで私は、あなたの奴隷ですねっ♡」




 ――かくして、物語は鮮烈に始まったのだった。


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