第5話 ド変態の主張①


「わ、私を九重様の思うがままの――性奴隷にしてください!!!!」


 オレンジ色に染まった放課後の教室に、明日実の声が響き渡る。

 瞳をうるうると震わせて、俺のことを見る明日実。


 言葉を無視すれば、まるで告白のようなこの状況。

 男にとって胸躍るシチュエーションだが、雰囲気のひとかけらも感じられない。


 すべてが明日実のヤバすぎる言葉に吹き飛ばされた。


「……え、え? あの……どういうこと?」


 聞き返すと、明日実は照れくさそうに答える。


「ど、どういうこともありません。先ほど言った通り、私を九重様の性奴隷にしてください……!」


「…………うん、二回言われても分からないんだけど」


「そ、そうですか……確かに、性奴隷というと抽象的でしたね、ごめんなさい」


「(なんか謝られたんだけど……)」


 こほんと明日実が咳ばらいをする。


「つまり、簡潔に言えば私は、九重様に性的にめちゃくちゃにされたいということです。例えば……そうですね、今この場で全裸になれ、と命令される、とか」


「は、はぁ」


「な、なんなら今命令してもいいですよ? まだ時間は浅いですし、他の生徒が教室に戻ってくる可能性はありますけど、九重様がどうしても言うのなら、奴隷の私は断れずに、無理やり……うへへへ♡」


 とろんとした瞳ではぁはぁと荒く息を漏らす明日実。

 俺はここでようやく察した。


「(……この金髪碧眼転校生、ヤバい奴だ)」


 一言で言えば、要するに明日実は――ド変態だ。


「ちょっと待ってくれ。状況はマジでずっと理解できてないんだけど、いやだからこそ待って欲しいんだけど……なんで俺なんだ?」


 別世界で興奮している明日実を一度現実世界に引き戻す。


「自分で言うのもあれだが……ほら、俺みんなから嫌われてるだろ? それにイケメンでもないし、明日実みたいな美少女に性的に見られるとか、そんな……」


「いやいや、むしろそこがいいんじゃないですか!」


「……え?」


 明日実が人差し指をピンと立てる。


「私はですね、平たく言えば女の子を道具のように扱う人に性的興奮を覚えるんですよ」


「うわすごいカミングアウトだな⁉」


「その点、浮気した挙句に彼女さんを殴ってしまったゲス野郎の九重様は、私にぴったりと言うわけです。正直、その話を聞いたときから濡れてました……」


「恥ずかしそうにしないでくれます⁉」


 頬を赤く染めてもじもじと内股になる明日実。

 俺は嘆息して誤解を解くことにする。


「あのな、まず言っときたいんだが、それはでたらめだぞ」


「え? そうなんですか?」


 驚く明日実に俺は続ける。


「そうだ。むしろ逆なんだよ。この人相で信じてもらえないかもしれないけど、俺は嵌められたんだ」


「はめ、は、ハメ……ハメたいと?」


「ダメだこいつ会話ができない」


 またしても勝手に興奮し始めた明日実に、俺はんんっ! と強く咳ばらいをし、話を本筋に戻す。


「実際はだな……」


 その後、俺は明日実に本当に起こった事実を嘘偽りなく話した。


「なるほど……そうだったんですか」


「これが事実だ。だから、明日実が思い描くような人物じゃない。むしろ月島なんじゃないか? めちゃくちゃゲス野郎だし」


 投げやりに言うと、明日実が首を横に振る。


「いえ、私はそういった爽やかで濃厚なヤ〇チンは好みではありません」


「さらっとすごいこと言ったよこの人……」


「というかあぁいう方は、逆に生理的に受け付けません。触ってほしくもないです」


「お、おぉ。そっか」


 これまでの発言を聞いていたからか、急にまともな意見が出てびっくりする。

 そうなると、一体どこが基準で明日実はバグるのか気になるところではある。


「あのですね、私が九重様の性奴隷になりたいと思ったのは、先ほど言った理由だけじゃないんです。というかむしろ、それは後付けです」


「は、はぁ」


「もしかしたら聞いていたかもしれないんですけど、実は私――九重様の顔がドタイプなんです」


「ええ⁉」


 俺の顔がタイプなどこれまでの人生で言われたことがない。

 むしろこの人相の悪い顔のせいで人から悪印象を持たれていたのだ。


 それがいいなんて……しかもこんな群を抜いて美人な明日実に。


「ビビっと来ましたよ、本当に。私が思い描いていた路地裏で襲われ、無理やり純潔を散らされるプレイ。殴られ、脅されて泣きわめきながら犯されるプレイ……どの妄想プレイに出てくる男性の顔にも、九重様がぴったりなんです!」


「うわぁ最悪だ!!!」


「これが一目惚れと言うんでしょうか……」


「絶対に違うと思いますけど⁉」


 明日実の熱弁はまだまだ続く。


「私、こう見えて尻軽というわけではないんです。処女ですし。つまり性奴隷になれれば誰でもいいというわけではないんです。むしろ、私はお付き合い……いや、結婚することと同等のレベルでご主人様を選定しているんです!」


「熱意を語られてもな!」


「つまり、これは私にとってのプロポーズなんです! 九重様、私を性奴隷にしてください!!!」


「こんなプロポーズは嫌だ!!!」


 ――熱戦はまだまだ続く。

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