第3話 下ネタに寛容な教師
職員室の一角に設けられた応接室。
普段は客人なんかを迎えた時に使用される場所だが、生徒である俺はそこにある椅子に座り、正面で足を組む先生をじっと見ていた。
「いやぁ~九重、嫌われるってどんな気分だ?」
「今俺に絶対言っちゃいけないだろその言葉……」
今日も今日とて寝ているか起きているか分からない顔で、シガレットを口にくわえる先生。
彼女は俺の担任である
理科を担当しており、酒とタバコが大好きな独身アラサー女教師だ。
「それにしたってびっくりしたよ、あの九重が浮気にDVとはな。……まぁ、いかにもやりそうな顔ではあるけど」
「幼馴染寝取られて根も葉もない噂流されている俺に言う言葉じゃないんですよね、ほんと。声荒げてキレてもいいですか?」
「別にいいが、反省文だぞ?」
「中途半端教師ッ!!!」
周防先生はこのように教師としてのマニュアルを持ち合わせていない。
それ故に生徒から人気だったりするので、こうして生徒の間で流れている噂をいち早く知ることができるわけだ。
「でもな、私だって本当は真剣に聞いてやろうと思っていたんだぞ? だけど、思いのほか九重がケロッとしてるもんだから、やっちゃえと思ってな」
「やっちゃえってなんですか。これでもまぁまぁ傷ついてるんですよ?」
「そうは見えないがなぁ」
「心開いて見せてやりましょうか?」
「別にいいけど、反省文な」
「なんで⁉」
俺が何をしようが反省文を書かされる運命なのか。
嘆息していると、先生がシガレットをぽきっと噛む。
「で、噂は本当なのか?」
「本当なわけないでしょ。全部嘘ですよ嘘。やられましたよほんと……」
「ま、聞かなくても分かってはいたがな」
「そ、そうなんですか?」
意外だったので質問を返す。
「当たり前だ。九重は見た目だけはいっちょ前に怖いが、中身はただのカモ生徒だからな」
「カモとか言うな!」
「だってそうだろう? こんな私の暇つぶしによく付き合ってくれるんだから、カモだよカモ」
周防先生とは入学してからの付き合いで、何故か気に入られた俺はよく放課後にオセロなんかをしていたり、仕事を手伝ったりしている。
思えば、言い方を悪くすれば俺は周防先生にとってカモなのかもしれない。
だが、それを素直に認めるのは癇に障る。
「……そんなこと言うなら、もう呼び出しに応じませんよ」
「別にいいが、はんせ――」
「書きません!」
「……はぁ、悪かった。謝るよ」
ぺこりと頭を下げると、二本目のシガレットを口にくわえた。
「あとな、私が九重を信じる理由として、もう一つは相手の男にあるんだ」
「男って……斗真って奴ですか?」
「そうだ。天野を寝取った奴だな」
「あんま女教師が寝取ったとか言わないでください」
「いいだろ別に。私だってオ〇ニーくらいする」
「ちょぉ⁉ 何言ってるんですか⁉」
動揺する俺を先生は制して続ける。
「今は私の話を聞け。その男は月島斗真と言ってな、実はかなりタチの悪い奴なんだ」
「そうなんですか」
確かに、見るからにヤ〇チンというか、頭のねじが何本かないような悪役っぷりではあった。
「あぁ。具体的な証拠はないが、色々と悪事を働いているらしい。特に女の子関係に関してはひどくてな、頭がち〇こでできてるような奴だ」
「すごいな、下ネタに抵抗がなさすぎて」
「しかも、月島はこの学校では最も厄介な奴で、それが所以でよりタチが悪いんだが……親が経営者かなんかで、この学校に多額の寄付をしている。つまり、私たちがどうこう口出しできる生徒ではないんだ」
「……なるほど」
俺は相当厄介な相手に絡まれたみたいだ。
納得していると、周防先生が真剣な眼差しで言う。
「だが、もし九重が今の状況に耐えられないというのなら、力を貸す。私にできる全力を尽くそう」
「…………」
俺の脳裏に、様々なパターンの未来がよぎった。
一分ほど考えたあたりで、結局この結論に至る。
「いや、大丈夫です、別に」
「…………」
「確かに衝撃的ではありましたけど、別にそこまで傷ついてませんし、確かに腹は立ちますし、痛い目に合わせたいとかは思いますけど……でも結局、面倒なんですよね」
俺は元々、人と関わるのが苦手だ。
昔からそうで、人のことを考えるのは労力を使う。
その点、周防先生とは何も考えなくて楽なんだが。
「それに、俺昔からずっとこんな感じで、みんなから避けられてたんで。あんま変わんないです」
「……そうか」
周防先生は何か言いたげに口を開くが、思いとどまったのか何も言わなかった。
パン、と手を叩き、空気を一瞬にして変える。
「お前がそこまで言うなら、しょうがない。でも、人間一人というのは寂しいものだ。何かあったら、私のところに来い。いつでもカモってやる」
「素直にありがとうとは言いづらいですね、先生は」
「ま、照れ隠しみたいなものだ」
それもまた照れ隠しだろと言おうとして、やめておく。
今このツッコみは、蛇足というものだ。
少し心が軽くなり、思わず頬が緩む。
「じゃ、俺そろそろ帰るんで」
「そうか。気をつけて帰れよ」
「はい」
立ち上がり、応接室から出ようとする。
すると周防先生が「あ、おい」と俺を引き留めた。
「もし拗らせそうになったり、人肌恋しくなったら言え。九重なら一発くらいヤってやってもいいぞ?」
「ほんとやべぇ教師だなこの人は!」
一瞬でも生徒想いな先生だなと思った俺をぶん殴りたい。
◇ ◇ ◇
一週間後。
相も変わらず全校生徒から嫌われている俺だが、初めほど周りに視線は厳しくなかった。
おそらく大人しい俺に飽きたのだろう。それか報復を恐れたのか。
何にせよ、俺としてはありがたいことこの上ない。
空気のように登校してからはやり過ごし、チャイムがなると頭を掻きながら周防先生が教室に入ってきた。
――しかし、周防先生一人だけではなかった。
「え、誰あれ?」
「ちょー綺麗なんだけど!」
「やばぁ見惚れる……」
みんなの注目を一身に集める彼女。
日本人離れした金髪の髪が揺れ、まるでランウェイを歩いているかのように見えた。
黒板の前で止まると、体を俺たちの方に向けた。
「突然だが転校生を紹介する。自己紹介を頼む」
周防先生に促され、彼女は一歩前に出た。
「初めまして、
ニコッと笑う、金髪碧眼美少女。
――彼女との出会いが俺の運命を変えるなど、この時の俺は微塵も思っていなかったのだった。
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