第2話 最悪のシナリオ


 幼馴染を寝取られたという衝撃の日を終えて。

 しっかりと寝不足で朝を迎えた俺は、気だるげな体に鞭を打って、憂鬱な通学路を歩いていた。


「(マジであれ、現実だったんだよな……)」


 あれだけ目の前で起こったことなのに、状況が非現実的すぎて未だに現実味を感じられていない。

 信じたくない、といえばそうなのだが、正直な話愛花と気持ちが離れていることは何となく察しがついていた。


 元々、俺と愛花は特段仲のいい幼馴染というわけではなかった。

 家が隣で生まれた時から面識があり、加えて俺の両親が基本海外にいるため、それで一緒にいることが多かっただけ。


 ラブコメにありがちな結婚の約束なんてしていないし、照れ隠しは一切なく恋愛的な関係になるような間柄ではなかった。

 例えるなら兄弟のような、家族のような、いとこのような関係だった。


 しかし、あれは半年前。

 何でもない帰り道に愛花が、


『ねぇ雅、私と付き合ってみない?』


 の一言で何となく付き合うことになった。

 断る理由もなかったし、付き合うことをそこまで特別視していなかったのだ。

 俺は友情の延長線上にあるような、そんな解釈をしていた。


 だから元々恋人らしい雰囲気もなかったし、恋人らしいこともあまりしていなかった。

 それ故に、ここ最近は愛花と俺に心の隔たりというか、気まずさみたいなものを感じていた。


 結果、俺は幼馴染を黒髪マッシュのいかにも性欲が強そうな奴に寝取られたわけだけど……。


「(でもなぜか、衝撃的ではあったんだけど、悲しさとかはないんだよな)」


 きっと俺は愛花を恋愛的な意味で好きになっていなかったのだと思う。

 それを考慮すれば、せっかく告白してくれた愛花があぁなるのも無理は――いや、めちゃくちゃ狂ってるわ。間違いなく。


 俺の影響はあるだろうけど、愛花があんな化け物になったのは百パーセント俺のせいなわけがない。

 ポテンシャルがなきゃあそこまでは無理だ。


「(あぁーなんか、逆に笑えてきたな)」


 ある意味開き直ってきた俺は、家を出た時よりも軽い気持ちで学校へを向かった。










 教室に到着すると、俺はすぐに異変を感じ取った。


「(なんかめっちゃ見られてるんだが)」


 このクラスになって初日のことを思い出す。

 自分では言いたくないが、俺はいささか人相が悪いらしく、昔から悪目立ちしていた。


 初めてこの教室に入ったときも、「なんでヤンキーがここに⁉」みたいな目で見られたものだ。

 だが、今日のは明らかに俺を軽蔑している視線。


「(嫌な予感が……)」


 そわそわしながら自分の席へ向かうと、教室の真ん中の席で数人の女子が集まり、俺のことを睨んでいた。

 その女子の中心にいたのは、嘘みたいな涙を流している――愛花だった。


「ほんとひどいよね、九重の奴」


「最低だよほんと! 浮気するなんてさ!」


 ……は?


「(いやいや、浮気したのそっちだろ! 何言ってんだこいつは⁉)」


 思わず耳を疑う発言に、動揺する。

 さらに女子たちは続けた。


「しかもDVするなんて最低だよ! 別れて当然!」


「やっぱり九重って、そういうことする人だったんだ」


 …………え?


「(いやいや、誇張されすぎだろ! というか、根も葉もない話が変な方向に膨らみ過ぎだろ!)」


 しかし、当事者の愛花はメソメソするだけで、否定しようとしない。

 俺はピンときた。


「(……さてはこいつ、自分で俺を悪者にしやがったな?)」


 だとしたらとんでもない化け物だ。

 ……いや、本当にやりかねない。ただでさえ俺のベッドでカマしてたくらいだし、なんなら昨日は最終的に開き直っていたくらいだし。

 これくらいのことは余裕でしかねない。


 黙っていられるかと思い、俺は意を決して愛花に近寄った。


「あのさ、浮気したのお前だろ? やめろよそういうの」


 凄んで俺は言う。

 愛花は俯いたままで、取り巻いていた女子たちが鬼の形相で言い返してきた。


「何あんた、自分がしたこと愛花に押し付けようとしてんの?」


「浮気したのは九重でしょ? 分かりやすい嘘ついて……みっともないよ!」


「いや、それ俺のセリフだからな? いくら開き直ったって、俺に矛先向けるとかやりすぎてんだろ」


「全部ブーメランなんですけど⁉」


「この期に及んでそういうこと言う⁉ ほんと最低ッ!!!」


 俺の言葉に耳を傾けようとしない女子たちに、後ずさりする俺。

 明らかなるアウェーのこの状況は、逆に俺が何を言ってもあっちの主張に信憑性を高めるだけのような気がした。


 それでも、俺は理不尽すぎるこの状況に、反論せずにはいられなかった。


「まず、浮気したのはそっちだから! あと、DVなんてするわけがない。みんな勘違いしてるけどな、俺は人を殴ったことなんて一度もない!」


「じゃあ、これはどう説明つけるのよ!」


 女子に促され、愛花が顔を上げる。

 そこには、泣きはらした赤い目と、そしてその下には――小さなあざがあった。


「九重が殴ったんでしょ!」


「別れ切り出されて殴るとか最低!」


「い、いや! 俺はそんなことして……」


 俺は言葉に詰まってしまった。

 想定外の状況に、脳が正常に働かなかったのだ。


 どう誤解を解こうか必死に考えていると、見覚えのある男がやってきて、愛花の頭をそっと撫でた。


「大丈夫か、愛花?」


「と、斗真ぁ」


 愛花に優しい笑みを浮かべると、今度は俺に鋭い視線を向けてくる。


「もう二度と愛花に近づくな。俺は愛花を二度と傷つけたくないんだ!」


「……は? マジで何言ってんだよ」


 とんだ茶番に付き合わされている気分だ。

 男はさながら彼女を守るヒーローのように、悪役の俺を睨みつける。


「愛花はな、幼馴染であるお前に情けを感じて、このことを問題にはしないと言ってるんだ。なのにお前は、それでもごちゃごちゃと文句を言うのか!」


「文句っていうか、そもそも違うだろ事実が!」


「もうこれ以上は何も言うな! これ以上何かを言えば、九重が損をするだけだ……」


 まるで敵に情けをかけるような、そんな目で俺を見てくる。

 周りを見てみても、皆が愛花とこの男の味方で。

 ある意味男の言葉は、この場において正しかった。


「もう一度言う。もう二度と、俺の愛花に近づかないでくれ。それでもう、終わりにしよう」


 男が言うと、愛花をそっと抱きしめ、周りから拍手が沸き起こった。

 俺は敗北感に苛まれ、黙って自分の席に座る。


 まさに状況は詰んでいて、最悪だった。


 元々避けられていた俺と、人望に熱い愛花とイケメン。

 男の主張に、女の主張。


 一体どちらを信じるかは一目瞭然。

 状況を覆せる客観的な証拠もない俺になすすべは――ない。


 

 一瞬にして俺の話は広まり、わずか数日にして俺は見事に全校生徒に嫌われたのだった。


 

 

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