19.レッツマリッジ!!
「本日はようこそお越しいただきました」
「は、はい……」
やたら広い和室の中心。
絶対に高いに決まってるテーブルを挟んで私と向かい合っているのは、アヤメのママさん。
なんというか、あえて失礼な言い方をすれば『ちゃんと着物を着込んだ花魁』みたいな感じ。
若々しいとまでは言わないんだけど、年齢相応の深みが感じられて、とんでもない色気を放っている。
昔の言い回しを使うなら美魔女レベル100って感じ。
まあ、そんな外見での迫力があるとは言え顔を合わせた時からとてもにこやかで親しみやすい雰囲気も兼ね備えている。
なのに私がここまで恐縮しているのは、単にコミュ障だからと言うわけではなく…………。
「「「「「「……………………」」」」」」
私たちの周りを強面のおじさんたちが取り囲んでいるからだ。
ひいい……なにこれ……極道の家?
「御影さん、まずはうちの息子の仇を取っていただきありがとうございます。私ども一同心より感謝申し上げます」
「い、いえ……っていうかお兄さんは生きてるのでは……」
「「「「「「御影さんッ!!!! ありがとうございますッッッ!!!!」」」」」」
「ひぃえ……」
おじさんたちの大合唱。
めちゃくちゃ怖い。隣に座るアヤメは涼しい顔をしているんだけど、この家で育つと慣れてしまう者なんだろうか。
「まずはお礼を……」
そう言ってママさんが差し出したのは封筒だ。
頭を下げておそるおそる受け取るとずっしり重くて分厚い。
「あのう……さすがにこんなに貰えな…………」
「「「「「「御影さんッ!!!! ありがとうございますッッッ!!!!」」」」」」
「うう……」
だから怖いって!
何かを言える空気じゃない……。
「息子はうちの跡継ぎなんです。その尻拭いをしていただいたとあれば……むしろ安いものです」
「……ユウ先輩が遠慮なさるかもと思って、これでもかなり削ったのですよ?」
アヤメがひそひそと囁いてくる。
これで削ったの……? うちのまな板くらいはあるんだけど……。
「それで本題なのですが……うちのアヤメと結婚を前提としたお付き合いをされてるとか?」
「えっ」
「その通りです、お母様。本日は結婚の許可をいただきに来ました。御影ユウさんを――相楽家に迎える許可を」
「えっえっ」
いや聞いてませんけれども!!??
え、結婚ってなに!?
そんな疑問を込めて隣のアヤメに視線を送ると、彼女は嬉しそうににっこり笑った。
なにわろてんねん!
「…………私としては異論はありません。子どもたちのために戦ってくれた優秀な探索者ですもの、その人間性を疑う余地などひとかけらだって存在しません。いいでしょう、結婚を認めます」
私の意志をよそにものすごい勢いで話が進んでいる……!
だけど、このおじさんたちが怖すぎて口を挟めない……。
ダンジョン深層まで到達済みの探索者でも大人数のおじさんに囲まれたらさすがに怖いよ。
今は武器もないし……。
「……失礼ですが、御影さんの身辺は少々調べさせていただきました。お父上が姿を消したことで苦しい生活を余儀なくされているそうですね」
「…………」
「なれば結婚の暁にはあなたのご家族もこちらの家で預からせてはもらえませんか? 満足のいく暮らしをお約束します」
……たぶんこの申し出は受けるべきなんだろう。
強引だとは思う。でもいい話だ。
今も私たちが厳しい暮らしをしているのは事実。
私は、隣のアヤメを見る。
頬をほのかに染めてこちらを見上げている彼女と結婚できるかと問われれば、できる。
目的のためならそれくらいやってのける。
それに強面のおじさんたちもいるし、逆らうことはできない。
たぶん彼らは私の逃げ道を潰すためにいるのだろう。
確かに怖い。怖いけど……でも。
「すみません、できません」
私を深く頭を下げてそう言った。
周囲からにわかに殺気が湧き上がる。
それでも私は口を止めない。
「私は娘さんとそういう関係ではありませんから」
「……これから仲を深めていけばいいのでは。私だって夫とは見合いが初対面でしたもの」
「それだけではないんです」
これからするのは、あまり楽しい話ではない。
他の人にも明かしたことはない、私たち家族の事情。
いや打ち明ける友達がいないみたいな話じゃなくてね?
「私の父は知らない女と不倫して出て行きました……多額の借金を残して」
私が探索者を始めてから一年。
それだけあれば、それなりの金額は稼げる。
なのに私たち家族の生活水準がほとんど変わっていないのは、その借金の返済に充てているからだ。
怒りはもう冷めてるけど……私はあの人を絶対に許さない。
「損得のために……お金のために結婚すれば、いつか瓦解する時が来るかもしれない。そう思うんです。私たち家族を深く傷つけた父のようにはどうしてもなりたくないんです」
「だから、アヤメを選ぶことはできないと?」
底冷えするほど熱のこもらない問いを、ママさんは投げてきた。
震えそうになる。
でも私はやっぱりこの話を受けるわけにはいかない。
「――――それに、気持ちもないのにアヤメさんと一緒になるなんて失礼です。たとえアヤメさんが望んでいたとしても……利用するようなことはしたくない。私なら……もし結婚するとしたら、その相手には……ちゃ、ちゃんと愛されたいっていうか……」
うわ恥ずかしい。
勢いで言っちゃったけど顔から火が出そうだ。
でも、まぎれも無い本音。
ちょっとすっきりしたけど……どうしようかな、この空気……。
次の瞬間には指四本くらい詰められてるかもしれない。
永遠にも思える沈黙の後、ママさんはゆっくりと口を開いた。
「アヤメさん。お付き合いが嘘と言うのは?」
「……ご、ごめんなさい……」
え、ママさんにも嘘ついてたの?
そんな意志を込めてアヤメを見ると、申し訳なさそうに目を逸らした。
「まあその話は後にするとして……アヤメさん、この人にしておきなさい。絶対に離してはいけませんよ」
「はいっ、お母様!」
「えっ」
「この状況で自分の意志を貫こうとする姿勢……感服いたしました。どうぞこれからもアヤメのことをよろしくお願いいたします」
「えええ…………」
「「「「「「御影さんッッ!! お嬢をよろしくッッッ!!!!」」」」」」
「ええええ………………?」
なぜ!?
混乱する中、そっと私の腕に抱き着くアヤメの柔らかさを感じながら、ただただ呆然とするのだった……。
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