9.ダンジョンでサカるな!
「えいっ、やあ!」
ダンジョンの第一層で、グラスウルフという狼のモンスターヒマリが戦っていた。
私はそんな彼女を後ろから見守りつつ指示を出す。
「そう、一発当てたらすぐ下がって」
「はい!」
私の言う通りにバックステップをして狼の爪をかわしたヒマリは、その隙に踏み込んで真上から剣を振り下ろした。
鈍色の刃が狼の脳天を直撃し、赤い血を噴きだしたあと黒い塵になって消える。
「か、勝てました!」
「えらいえらい。全然戦えてるよ」
子犬のように駆け寄って来たヒマリの頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。
こういうところが昔の妹に似てるんだよなぁ。最近はちょっと反抗期に入ってるから対応が塩ぎみなのが寂しいところだ。
どうして私がこんなふうに指導の真似事をしているのかというと、ヒマリに頼まれたからだ。
いわく、『足手まといにはなりたくないんです!』とのこと。
私たちでパーティを組むことになったのは良いけど、二人の間には圧倒的なレベル差がある。
今の段階で深い階層へ連れていくこともできるけど、どうしてもヒマリを守りながらの戦いになってしまう。
とはいえヒマリに付き合って第一層しか探索できないとなると、私の稼ぎにも関わってくるので了承することにしたのだ。
「基本いい感じだけど、たまに判断を迷う時があるから経験を積んで慣れていこう」
「はい! 頑張りますっ!」
……なんだか探索者ライセンス教習所に通ってた頃を思い出すなぁ。
実習の時はこうして担当教官のお姉さんが付き添ってくれたんだよね。
元気にしてるかな、と想いを馳せていると、通路の向こうから花みたいなモンスターがやって来た。
「レッドプラントだ」
真っ赤な花が葉っぱを羽根みたいにして浮かんでいる。
遭遇確率は低いけどこいつも一層ではかなり危険度が高いやつ……って!
なんかヒマリが突っ込んでるんだけど!
「見ててくださいユウさん、こいつも倒しちゃいますから!」
「わー待って待って、いったん下がって様子見を……」
「おりゃー!」
ずぱん、とヒマリの剣がレッドプラントを一刀両断。
すると真っ二つになった花は渦を巻くように収縮し、たくさんの種へと姿を変えた。
私は急いで駆け寄るがあと一歩間に合わない。
種のひとつが弾け、赤い粉塵を撒き散らした。
「ひゃっ!?」
「吸わないで!」
指示が遅れたことを理解しつつ、私はヒマリの前に入る。
直後、他の種も爆発し、色とりどりの粉塵をあたりに散布した。
やばい、青いやつ吸っちゃった……!
これ以上は避けないとまずい。
私は息を止めたままヒマリを抱き上げ、少し離れた木陰に入る。
すぐに身体の力が抜け、私はその場に倒れ込んでしまった。痛い……。
「はぁ、はぁ……ご、ごめんなさいユウさん! 大丈夫ですか……?」
「あ、あのモンスターは倒すと状態異常を付与する花粉を大量に出すから……気をつけてね……」
「すみません……」
しょんぼりするヒマリが頭を下げ、桃色の髪が垂れる。
とにかく大ごとにならずに済んだ。
ナビでステータスを確認すると、私は『脱力』という状態異常を貰ってしまったらしい。
身体に力が入らなくなり、魔石も使えなくなるので非常に危険な状態異常だ。
でもとにかくこの木陰に隠れていればモンスターに襲われることも無い。
あとはヒマリのステータスを確認しなきゃ。
へたり込む彼女を見上げると、やはり様子がおかしい。
息は荒く、頬が紅潮している。それに――瞳まで血のような赤に染まっていて……これってまさか。
「ユウさん……あたしなんだか変なんです……」
「まさかバーサク!? 理性が無くなってる……ちょ、なんで私のブラウスのボタン開けようとしてるの!」
「ごめんなさい……はあ、なんだか……すごくどきどきして……なにも考えられないです……」
ヒマリは震える手で私の首元を開ける。
どう考えても正気じゃない。
でも、脱力してて抵抗できない……!
「おいしそう……」
ヒマリが私の首に顔を近づける。
いやに熱い吐息が触れて、身体に緊張が走った。
そのまま唇を開き――私の首にちゅっと吸い付く。
「ひゃっ、ちょ、ちょっと落ち着いて……」
変な声でる!
なんとか目線を動かしてヒマリを見ると、もう一心不乱に鼻息を荒くして首に吸い付いていた。
ひええ……なんかキマっちゃってるんだけど……。
「ユウさんしゅき……ちゅ、ちゅ」
「やっ、ちょ……勘弁してってばぁ……」
位置を変えて何度も吸い付く。
執拗に、時には小刻みに。
たまに熱い舌に舐められ、背筋がぞくりとする。
やばい、このままだと変なアレに目覚めそう……!
え、もしかしてどっちかの状態異常が自然治癒するまでこのまま……?
「もう許してぇ~……」
その後数分して、やっと私の脱力が解けるのだった。
* * *
「しゅびばせん……」
正座しながらえぐえぐと泣きじゃくるヒマリ。
とりあえず脱力が解けしだいヒマリを振り払って、バーサクが解けるまで抑え込むことで解決した。
「ねえ、どうしてくれるのコレ!」
私はブラウスのボタンを開けて首元を見せる。
そこにはヒマリが吸い付いてできた赤い跡が点々と刻まれていた。
「は、はわわ……えっちすぎゆ……」
「誰のせいだと思ってんの」
「ごめんなさい!」
「はぁ……これ取れるのにどれくらいかかるんだろ」
バーサクは理性が無くなるから本人の意志ではどうにもならないとは言え、これは酷い。
今度からはもっと状態異常対策を考えようと決め、その日の探索を終えたのだった。
* * *
その夜、帰宅すると。
「お姉ちゃんおかえ――――ななな何そのキスマーク! 一体どこぞの馬の骨と乳繰り合ってきたのよーっ!!」
「誤解です!」
妹様の怒りを鎮めるのにかなりの時間を要することになったのだった。
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