8.君のファンだから


 間に合った――――と言っていいのか。

 大部屋に入った途端、草木の匂いに混じって感じる鉄臭さですぐに惨状を理解した。


「あの子は……!?」


 グリズリーの群れの隙間から大木に縛り付けられたヒマリが見える。

 驚きに目を丸くしているところを見ると、とにかく無事らしい。

 だけどまだ気を抜ける状況ではない。

 帰還石は少し前に使い切ってしまったから戦って守るしかない。


(グリズリーマザーが十匹……! こんなの初めてだ)


 刀を抜き、一気に跳ぶ。

 一番近いグリズリーの頭上を飛び越すついでに首を切断する。

 着地すると私を挟み込む二体のグリズリーが両側から丸太のような腕を振り下ろして来た。


「ふっ!」

 

 右の熊の腕を切り払い、左の熊の腕は腰ひもから抜いた鞘で受け止める。

 ずしり、と圧し掛かる腕力に思わず仮面の下で顔をしかめた。


 グリズリーマザーを強敵たらしめている点は二つ。

 まず、純粋なフィジカルの強靭さ。

 全身の筋力が半端ではなく、敏捷性まで高いうえに感覚も非常に鋭い。


 そしてもうひとつは魔力耐性。

 魔石を含めた魔法攻撃の類が、こいつらには一切通用しない。

 搦め手を無視して殴り合いを強制してくることから、ある程度のステータスと戦闘経験が無いと太刀打ちできないのだ。


(時間は……ない)


 一匹だけならどうにでもなる相手だ。

 しかしこの数を相手にするとなると話が変わってくる。

 戦いにおいて数は力だ。覆すのは難しい。


「ガアア……ッ」


 熊が体重をかけ、鞘を押し込もうとする。

 私はあえて力を抜いて腕を地面に叩きつけさせ、その腕を駆け上って顔面に蹴りを入れ、怯んだところに刀の切っ先を突き込んだ。


 まだ何匹も残っている。

 奥歯を噛みしめ、全身に力を込めて周囲のグリズリーに無数の斬撃を叩き込んだ。

 一瞬遅れて五体のグリズリーが倒れ伏す。


「はぁ……はぁ……! これであと三匹!」


 まだいける。

 すぐに残りを倒して、それで終わりだ。

 そう考え、刀の柄を強く握り直した時だった。


 私の被る獅子の仮面が霧のように消えていく。


「…………やば、」 


 ゴッ! と鈍い音がした。

 気が付けば横に殴り飛ばされていた。

 動揺と、仮面の使用可能時間が終了したことによる速度の低下。

 いち早く駆け付けるためにダンジョンに入ってすぐ使ったのが仇となった。


「ユウさん!」

 

 泣きそうなヒマリの声が聞こえる。

 今すぐ立たなきゃ。

 HPは……やばい、今ので七割は削れた。本来ならすぐに帰還すべき危険域だ。

 視界が赤く染まる。頭から垂れた血が目に入ったらしい。


「グルルル…………」


 グリズリーマザーは動けない私に興味を失ったのか、ゆっくりとヒマリの方を向く。

 くそ、待て……そっちには行くな……!


「もういいですから! ユウさんだけでも逃げて……!」


「……あははっ、こんな時くらい……助けてって言えばいいのに」


「どうしてあたしなんかのためにそこまでするんですか!」


 そういえば、初めて出会った時もこの子は助けを求めたりしてなかったんだっけ。

 ふらつく足で何とか立ち上がる。

 どうしてか。そうだね、強いて言うなら……。


「私は頑張ってる人が好きなんだ。だから、何で助けるかって言われたら、それは……私がヒマリのファンだからだよ」


「ユウ……さん……」


 ……ああ、そんなに泣きそうな顔しないで。

 精いっぱい恰好をつけてみたはいいけど身体に力が入らない。何とか握りしめている刀がひどく重く感じる。

 こんな身体じゃ倒せないな。どうしよう……。


(…………そうだ)


 ストレージを開く。

 そこには魔石が二つだけ残っていた。


 ヒマリからお詫びとお礼として貰った魔石。

 お詫びのほうは超回復の魔石。そしてお礼の方は増強の魔石。

 どちらもかなりのレアものだ。


「うん、いけるね」


 二つの魔石をすぐさま砕く。

 緑と赤の魔力が私の身体を取り巻き、すぐに効果を発揮した。

 傷を癒し、全てのステータスが大幅に増加する。


 走る。

 刀を構える。

 今にもヒマリにその爪を振り下ろそうとしている三匹へと肉薄し、まとめて胴体を横薙ぎに切断した。


「ガ、ア…………?」


 うめき声をあげた直後、マーダーグリズリーたちの上半身がずるりと滑り落ち、黒い塵となって消滅する。

 あたりには血と死臭、そしてグリズリーの魔石だけが転がっている。

 それらを回収する前に、私はヒマリに歩み寄ってワイヤーを切り離した。


「わっと」 


 ふらり、と力を抜けて倒れ込んできたヒマリを受け止める。

 その身体は震えていた。


「み……みんな死んじゃって……」


「……うん」


「ゆ、ユウさんも……死んじゃうんじゃないかって……」 


「ヒマリのくれた魔石のおかげで何とかなったよ」


「こわかった……!」 


 うああああん、と泣きだしたヒマリの背中に手を回してゆっくり撫でてやる。

 とにかくこの子を助けられて良かったと、私は胸を撫で下ろすのだった。


 それからしばらくして。


「落ち着いた?」


「はい……でも、また助けられちゃいました……。あたしにお返しできることはもう……やっぱり収益と貯金を全額……!」


「そ、それはいいってば。そうだなあ……」


 そう言いつつ私はすでに決めていた。

 ずっと忘れていたことがあったのだ。


「サインちょうだい。妹が”ヒマリン”のファンなんだ」


「いやでも、そんなことで……」


「なに言ってるの、登録者数300万ストリーマーの直筆サインだよ? けっこうなお値打ちものでしょう」


 あ、転売はしないからね。

 そう補足しておくと、ヒマリはくすくすと笑いだした。


「あははっ……あたしやっぱり――――ユウさんのことが好きです」


「あ、付き合うとかは無理なんで……」


「な、なんでー!?」


「付き合うとかちょっと私よくわかんないし……家族のために稼がなきゃだし……あと人気配信者と付き合ったら炎上しそうだし……」


「すごい切実な理由だった……で、でも諦めませんからね!」


 そんなふうに和やか(?)な会話を繰り広げたあと、私たちはダンジョンから帰還するのだった。



 * * *



 その後の話。

 センターに帰って来た私たちは職員さんたちに平謝りされた。

 虐めっ子グループが怪しいというのはわかっていたが、業務上どうしても資格のある探索者を通さないわけにはいかなかったとのこと。


「この子が無事だったので、いいです」 


 そう言えば、職員さんは涙でメイクを黒く汚していた。

 あと隣に連れたヒマリがものすごく顔を赤くしてて困った。

 

 まあ、お詫びとして魔石とか装備とかいっぱいくれたからってのもあるけどね!

 その場で売っ払ったら微妙な顔されたけど!


 そんなこんなでストーカー問題も無くなって。

 あと学校をサボったこともきちんと担任の先生に叱られて。

 元の日常が戻って――――来たわけでは無かったりするんだけど。


「はーい、ヒマちゃんねるのヒマリンでーっす! おぉー今日もすごいコメント。読めない読めない」


 隣を歩くピンク髪の女の子……ヒマリは慣れた調子で配信を始める。

 私はと言うと、ものすごく緊張していた。心臓がばくばくする。


「んー? ”隣の人はもしかして……”って? そう、よく気づいたね! 私たちこれからカップルチャンネルを始めることになったのー♡」


「か、カップルじゃない! ただのパーティ!」


 ”和解できたの?”

 ”うわあ実物だ……!”

 ”ビジュ良”

 ”え、ガチ本物?”


 コメントが爆速で流れていく。

 こういうのが嫌だったはずなんだけど、どうしてこんなことに……。


「はい、そうなんです! これから私とちょいちょい一緒に探索をしてくれることになった救世主、御影ユウさん!」


「あ、御影でーす……ヒマリ……ン、とは友だち? でーす……あはは……」


「ユウさん、リスナーたちが”声ちっちゃ!”ですって!」


「うぐぐぐ……!」 


 まあ、なんというか。

 ヒマリの熱烈ラブコールに押し切られる形でパーティを組むことになったのだ。

 さすがに毎回は無理だけど。

 

 あとついでに配信にも出ることになった。

 一応私の出る回の収益は折半することになってるけど、割に合ってるかはわからない。

 ただ、こうしてヒマリと一緒にいれば炎上もすぐに鎮静化すると考えたのだ。何せ原因たる被害者は私なのだから。

 当のヒマリは『百合営業ですねっ! あたしの気持ちは百合じゃありませんけど!』などと色めき立っていた。


「ね、ユウさん。いつか結婚報告配信しましょうね♡」


「勘弁して……」


 ……うん。

 なんだか少し早まった感はあるけど……ヒマリが楽しそうだからいいかなとも思えてしまう私もたいがい彼女のファンなのだった。




――――――――――――――――――――――――


ここまで閲覧ありがとうございます!

この回で完結する予定だったのですが書くのが楽しくなってしまったので反響次第で続けたいと思います。

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