6.あの子の過去
「虐められてたって……
「そう。私って今はこうして受付してるけど、前はメンタル課にいたんですよー」
「メンタル課って……あのダンジョンでトラウマを負った人とかにカウンセリングする人たちがいるって言う?」
「ええ。見えないでしょー」
そんなことはない。
この職員さんは適当そうでいて、コミュ障の私に寄り添った接し方をしてくれる。
本当は感謝を述べたいところだが……今はその時ではない。
「で、半年前に私が担当したのが小日向ヒマリさんだったんです。その時に色々聞いて……まさか配信者始めるとは思わなかったなぁ」
「……それで?」
「ああ、うん。そのですね。小日向さん、長いことクラスの子に嫌がらせを受けてたみたいなんです。でも、ある日突然仲直りしたいって謝られたらしくて……変だなと思ったけど吞み込んじゃったみたいなんです」
その気持ちは何となく想像できる。
いじめは当人にとって本当に苦しいのだ。
例え少しの違和感があってもそこから抜け出せるならと受け入れてしまうのは自然な考えだろう。
「で、ここからが最悪なんですけど……そのいじめグループの子に仲直りの印にってダンジョン探索に連れていかれることになったらしいんですー」
「え……その子たち当時中学生ですよね? ライセンスが取れないんじゃ……」
「ええ、グループのリーダー格の子が姉のライセンスを勝手に持ち出したらしくてですねぇ、しかもその時のうちの受付ってかなりずさんだったものですから、その姉のライセンスの確認自体も適当に済ませたうえ全員分のライセンス確認も怠ったらしいんですー」
……そういうことか。
当時の受付の人は、ヒマリを含めたグループのダンジョン入場を、リーダーの姉のライセンス1枚で通してしまったのだ。
確かに半年前までライセンスの確認はかなり雑だった。
常連の私なんかは手続きを踏まずに素通しされたこともあったくらいだ。
今は毎回細かく確認されていることを鑑みると、その事件以降徹底するよう意識改革が施されたのだろう。
「で、そのまま全員で奥まで進んでネタバラシ。小日向さんを置き去りにして帰った……というのが事の経緯です。小日向さんは受付から配布されたナビを奪われて帰還できなかったみたいですね……」
は? と一瞬思考が止まった。
探索者でもない子をモンスターが跋扈するに置き去りにすればまず間違いなくその子は死ぬ。
いじめどころの騒ぎじゃない。明らかに人として越えてはいけないラインを越えてしまっている。
「そ、そんなのどうやって生還したんですか?」
「あなたに……御影さんに助けてもらったって言ってましたよぉ」
「へ? 私? いやそんなこと――――」
待てよ。
事件は半年前。
探索者でなくともギリギリ進める可能性がある第一層。
確かその時、年下の女の子を助けたことがあったような…………あ。
『あああのっ、あたしヒマリと言いますっ! どうかお名前だけでも教えてください! お礼させてください!』
あれかー!!
そっか、お礼ってそういうことだったのか……。
「雰囲気違うからわかんなかった……」
「髪の色変えたみたいですからねえ」
そっか……顔をよく見れなかったからわからなかったけど(コミュ障なので)、私が思っているよりピンチだったんだ。
本当に怖かったんだろうな……想像だけでぞっとする。
「まあ、さすがにショックは大きかったみたいですけど、そこまで心の傷は深くなかったみたいですよ。御影さんに助けてもらったことが相当嬉しかったんじゃないでしょうかー」
「…………」
小さくない罪悪感が私の心を焼く。
たぶん彼女は半年前から私のことだけを考えていたんだろう。
探索者になったのも、配信者になったのも、私の存在を世間に広めるため。
そして、おそらくは私に近づくため……というのもあったのだろう。
その行いは確かに私にとって迷惑だった。
『それじゃあ、あたしはこれで戻ります。迷惑かけちゃってごめんなさい……』
だが、そんな私に拒絶されたというのは彼女にとってどれほどの悲しみだっただろう。
彼女が最後に浮かべた、あの悲しみを押し殺したような表情だけが脳裏にこびりついて離れない。
* * *
それからしばらく、ヒマリと会うことはなかった。
ダンジョン内で見かけることが無くなったのだ。
たぶんあの子は私がダンジョンに潜るだいたいの時間帯を知っているから、意図的に避けているんだと思う。
そんな私はと言うと、ヒマリの配信を見ることが多くなった。
謝罪動画や炎上の件もあってか活動が若干減ったものの、それなりに元気にやってるみたいだ。
『いや、ちょっ……こないでえええええ! やだーーーーー!!!!』
画面の向こうではヒマリがファットフログという大型のカエルっぽいモンスターから必死に逃げているところだ。
正直言って、ヒマリは探索者としてはあまり強くはない。こういったモンスターなどに対するリアクション芸が主にウケているみたいだ。
ちょっとはらはらすることはあるけど確かに面白い。
『おいちょっとリスナー草生やすな! こっちは、はぁはぁ、マジなんだからね! マジで生命の危機……いやああぁぁぁこっちからもモンスターが来たああああもうやだあああああ!』
それに
相手と自分の実力を正しく見極められているということだから。
「一生懸命で、頑張ってて……応援したくなるんだな」
たぶん、そこが彼女の魅力の本質なのだろう。
もちろんダンジョンをガンガン攻略していく配信者も人気はあるけど、たとえ弱くても必死に前に進もうとしている子を好きになるのは当然のことだ。
”こいつ逃げることしかできないんだな。やる気ないなら探索者やめろよ”
「…………」
ただ、やはりというかなんというか、アンチコメントというやつもちらほら見える。
それらはただの言いがかりだったり、暴言だったり、単なる侮辱だったり……見ているのが嫌になるような言葉の数々。
眉間に皺が寄る。不愉快だが、私にできることはない。
そう考え、コメント欄を閉じようとした直前。
流れていくコメントのひとつに心臓を掴まれたかのような冷たさを覚えた。
”あれ、こいつ
その一文はすぐに流されて見えなくなった。
何かすごく、嫌な予感がした。
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