5.私は目立ちたくないんだってば!


 前回までのあらすじ:ダンジョンに潜ってたら追いかけてきた有名配信者……ヒマリンに告白された。


 ナビに表示されたステータス欄には『小日向ヒマリ』と表示されている。これがこの子の本名か。

 こうしてナビで直接確認すれば名前がわかるので、今の時代はあまり本名の匿名性は重要視されていない。

 それはさておき。

 

「いや、好きって言われても……ていうか君がストーカーなんだよね?」


「ええっ、違います違います! っていうかユウさん、ストーカーされてたんですか!?」


 大げさに驚きながらあたりをきょろきょろするヒマリン。

 しらばっくれているのか、それとも素なのか……コミュ障ゆえに顔が見られなくて判断ができない。

 心の底からげんなりしていると、ヒマリンは我に返ったようにますます顔を赤くし始める。


「うう、ていうか間近で見るとやっぱり……」


「どうしたの。ま、まさか君も私が陰キャっぽいとか――――」


「い、いえいえ! その……顔が良すぎて情報量を処理しきれないっていうか……あと五分くらい待ってくださいっ!」


「そこそこ待たすね」


 そんなことを言われても困る。

 まあ確かに私のお母さんは姉と勘違いされるほど若いし、妹のリリカは世界一可愛いけど……自分の外見については意識したことがなくてピンと来ない。


「あのね、ヒマリンさん」 


 一拍置く。

 とにかく伝えるべきことは伝えないと。

 

「最近君の動画とか配信に私がよく見切れてるよね。あれ、できればやめてほしいんだ」


「あぅ……もしかしてストーカーってそういう……す、すみません。困らせるつもりは無かったんですけど……どうしても推しを布教したくて」


 照れ照れしていたかと思うと急速にしょんぼりし始めるヒマリンさん。

 なんというか表情がころころ変わる子だ……。


「推し? 私が?」


「はい。ユウさんはすごくかっこよくて強くて私のあこがれの人だからみんなに広めたくて……後をついていったり配信でリスナーにユウさんのことを話しまくってたのもそのためです」


「もしかして救世主っていうのは」


「あ、ご存知でした? ユウさんって行く先々でピンチになった探索者さんたちを助けてるじゃないですか。やっぱりユウさんはすごいなー、かっこいいなーって気持ちが抑えられなくて私が広めた異名です! えへん!」


「な、なんて余計なことを!」


 でかい胸を張ってる場合じゃないんだよ。

 頭痛くなってきた……。


 というか私は助けたくて他の探索者を助けてるわけじゃない。

 偶然そういう場に遭うことが多いだけなのに。


「……私はとにかく目立ちたくないの。恥ずかしい話、今も君と目を合わせられないくらいコミュ障だし……ただ静かにダンジョンで稼ぎたいだけなんだよ」


 これが偽らざる私の本音だ。 

 ダンジョン探索がいかに稼げると言っても、これは命の危険と隣り合わせな仕事。

 私が普通のバイトを選ばなかった理由は人と関わるのが苦手だというのが八割、それなりに探索者に向いていたからというのが二割。

 こうしてちょっと話すくらいなら何とかなるけど接客とかになるともうメンタルがゴリゴリといってしまう……。


「じゃ、じゃあユウさんとカップルチャンネルを始めるという私の計画は……?」


「ないよ! ていうか気が早いよ! いやこれからもそんな予定はないけど!」


 今知ったけどよくわからない好意ってまあまあ怖いんだ!

 ……今まで他人から好きだって言われたことがないから、ちょっと思うところが無いわけではないけど……。


「……あの、ほんとにダメですか? ユウさんと一緒にダンジョン探索とかしてみたくて……」


 うるうる、と上目遣いを向けてくるヒマリン。

 ううっ……私の妹みたいなことするのやめてよ。そういうの弱いんだから。

 

「お願い、なら先っちょだけでいいですから! 先っちょだけ配信に映ってくれるだけでいいですから! そしたらあたしの動画収益全部あげますからーっ!!」


「いや先っちょってなに!?」


「ダメですか……?」


 全部……全部か……。

 そう言えばヒマちゃんねるの登録者数は300万に届きそうなくらいだし、結構稼いでるっぽいよね……。

 

 本音を言うとかなり揺らぐ。

 家族にもう少し贅沢をさせたいという気持ちは確かにある。

 いや、でも……。


「や、やっぱり良くないよ。君が稼いだお金なんだから、君がちゃんと使わないと」


 断腸の思いでなんとかそう言うと、ヒマリンは――――


「そう、ですよね。えへへ、勝手なことばかり言ってごめんなさい。ストーカーも金輪際辞めます」


 笑っていた。 

 だけど、明らかに絶望を滲ませた顔をしていた。

 

「えっと、これお詫びとお礼です。たまたま見つけたレアな魔石なんですけど……」


「……うん、じゃあこれは貰っておくね」


 お詫びということなら、とヒマリンが差し出した緑色と赤、二つの魔石を受け取ってストレージにしまう。

 見たことの無い種類だ。


(……………………)


 私がこの魔石を受け取ったのは妙な罪悪感があったからだ。

 気づかないうちにはしごを外してしまっていたような、そんな感覚。


「それじゃあ、あたしはこれで戻ります。迷惑かけちゃってごめんなさい……」


 小柄な身体をさらに縮ませたヒマリンは帰還システムを使ってダンジョンから出て行った。

 ふう、と思わずため息。

 とりあえずこれでストーカー問題は無くなった……と思いたい。

 

「あー、サイン貰うの忘れてた」 


 今日会ったのは妹には黙っておこう。


「あれ、そういえば」


 お詫びはわかるけどお礼ってなんだろう。

 あの子に何かしてあげたっけ。



 * * *



 その日の探索を終え、売却カウンターで魔石や装備を売り払う。

 ヒマリンから貰った魔石はさすがに売る気になれなくて残しておいた。

 まあ、探索用に便利な魔石は手元に残しておく場合もあるからね。


「今日は帰ろーっと」


 なにはともあれ、今日も愛する妹が待っている。

 うきうき気分でセンターを出ようとした私だったが、受付の脇を通ろうとしたところで、


「おーい、御影ユウさーん」


「うっ」 


 例のけだるげプリン頭の職員さんが手を振っている。

 どうしたんだろう。


「お疲れ様ですー。あのう、御影さんって小日向さんとお知り合いだったんですか?」


「小日向さん……ああ、ヒマリンですか」


「やっぱりご存知でしたかー。さっきあの人のチャンネルに謝罪動画がアップされててー、御影ユウさんに付きまとったり配信で話題に出してたりしたことを謝ってたんです」


「えっ……」


 あれから数時間経つとは言え、かなり早い。

 職員さんに断って自分のスマホでも動画を確認してみると、彼女の言う通り謝罪動画がアップされていた。


 自室らしき場所で、沈痛な面持ちで経緯について話している。

 そこにエンタメだとかおふざけは一切なく、ただ私への謝罪とこれからのチャンネル方針が粛々と説明されていた。

 

「ほんとだ……」


「この子のチャンネルではこういう動画は初めてなんですよー。だからファンとかはわりと受け入れてるみたいなんですけど、潜伏してたアンチがすっごい炎上させようとしてて」


 確かにコメント欄は地獄のような有様だ。

 人気になればそのぶん反感を持つ者も増える。

 これがストーカーをしていた報いだというのは簡単だが……。

 

「大丈夫かなぁ、小日向さん」


 職員さんがいつになく真剣な面持ちで俯いている。

 気になった私は訊ねてみることにした。


「どうかしたんですか?」


「あー……まあ御影さんならいいかー……。あの子、今は配信者やってますけど元はあまりメンタル強くないんですよぉ。半年くらい前まで……その、中学のクラスメイトに虐められてたみたいで」


 え、と思わず言葉を失ってしまう。

 当たり前のことではあるが――私はまだ、小日向ヒマリのことを何も知らない。

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