4.配信者との出会い、そして告白


 私が『ヒマリン』とやらの配信に見切れまくっていることを妹から聞いて数日が過ぎた。

 このところ毎日ダンジョンに通っていてわかったことがある。

 

 まず、ヒマリンは私がダンジョンに潜るのを見計らって跡をつけてくるということ。

 そして普通に配信をしているように見せつつ、探索する私にその視線を向け続けているということだ。


「なんで今まで気づかなかったんだろ……」


 普段はモンスターなどに気を配っているから、他の探索者については意識から外していたというのが大きいかもしれない。

 ほら、知らない人って怖いし……。


 ともあれ実際のところストーカーされてるっぽい今の状況はちょっと困る。

 なので対策を考えた。


「深い階層から始めればあの子も追ってこられないでしょう!」


 というわけで御影ユウ、今日は第三層スタートです。

 一度階層ボス(ボスと言っても一定周期で復活するけど)を倒せば、次からはその階層の入り口までショートカットできるようになる。

 私は以前第三層のボスを倒しているので、ここを探索するのに充分な実力があると認められたってわけだね。

 これまでのように一層や二層を対象にしたクエストは達成できなくなるけど、こればかりは仕方がない。


 第三層は海底洞窟だ。

 天井から水滴が垂れ落ち、ところどころが水没している。壁や天井のそこかしこから突き出す海水晶と呼ばれる水色の水晶が光源となって洞窟内を照らしていた。

 本当にダンジョンって不思議な場所だ――なんてのんきに考えながら進んでいると、通路の奥から大きなクラゲがふよふよと近づいてきた。


「エレキジェリーか」


 すぐさま刀を抜くと、クラゲはその中心部から電撃を飛ばして来た。

 私はぎりぎりまで引き付けて攻撃を避け、アイテムストレージを開く。

 エレキジェリーはかなり厄介な敵だ。

 直接攻撃すると放電で反撃されるうえに再生能力もある。


「でも、凍らせちゃえば関係ないんだよね」


 取り出した薄水色の魔石を投げつけると、クラゲの頭上で魔石が弾けて真っ白い冷気を撒き散らした。

 冷気を浴びたクラゲはあっという間に凍り付くと空中でぴたりと静止する(どうやって浮いてるんだろう)。


 私はゆっくりと近づき、真上から刀の峰を叩きつけて粉々にした。

 こんなふうに倒しづらい敵でもダンジョン内に点在する鉱脈から手に入る魔石を使えば対処できる。

 たとえばエレキジェリーみたいなクラゲ系のモンスターは身体の大半が液体で構成されているから氷系の魔石がよく効く、みたいな。


「エレキジェリーの魔石は高く売れるんだよねー」


 ほくほくである。

 しかし氷の魔石は今の戦闘で尽きてしまったので、これ以上来られると非常に困ってしまう。

 ただ、こんな通路に一匹だけエンカウントする時は大抵……。


「た、助けてくれええええ!」


「あーもう、やっぱり……!」 


 急いで通路を駆け抜け、大部屋に到着する。

 するとそこには巨大なクラゲモンスター……マザージェリーがいた。人間と同程度のサイズだったエレキジェリーの何倍もの大きさがある。

 八本の触手の先にはエレキジェリーが取り付けられていて、まるでシャンデリアのようなシルエットだ。


 周囲には何人もの探索者が倒れている。

 その中でまだ意識があるらしいひとり――おじさん探索者が腰を抜かしていた。あの人がさっきの声の主だろう。

 ナビで彼のステータスを見ると、麻痺を食らっている。あのままだと殺されそう……。


「使うか、仮面」


 魔石無しで倒すのはきつそうだと判断した私はストレージを開き、ライオンをかたどった仮面を取り出す。

 私のスキルは【仮面】。ボスを倒すとその能力を封じ込めた仮面をたまにドロップすることがあり、それを装着することで自身を強化するというものだ。


 使える時間に制限はあるが、仮面をつけている間は無双タイムという、まさに切り札。

 あとコミュ障的には顔を隠せるのがかなり良い。


 仮面をかぶる。全身に力がみなぎる。

 獅子の仮面の効果は単純。筋力と速度、そして動体視力の大幅アップ。

 私は思いきり地面を蹴ると、マザージェリーの間近へと一瞬で踏み込んだ。


「――――はぁっ!」 


 抜刀。

 マザーの周囲を駆け回り、エレキジェリーごとすべての触手を切り刻む。

 その拍子に電気が流れ込んでくるが、気合で我慢。

 

 足は止めない。

 攻撃手段を無くしたマザージェリーに向かって跳び上がり、真上から刀を振り下ろした。

 弾力のある身体を一直線に引き裂き、マザーが二等分にされる。

 だけど倒すにはまだ足りない。放っておけば断面が勝手にくっついて再生してしまうので、そのまま切り刻んで四等分、八等分、十六等分にしたところでようやくHPがゼロになった。


「ふう、終わった」


 仮面を外してストレージにしまう。

 だいたい5秒くらい使ったかな。まだ使用可能時間は残ってるけど、考え無しに使うと肝心な時に困ることになる。

 あとは……一応おじさんの様子を確かめないと。知らない人に話しかけるのはいつも緊張する……。

  

「え、えっと、大丈夫ですか」


 勇気を出して声をかけると、おじさんは唖然としていた。

 な、なんだろう。変なこと言ったかな……なんて考えていると。


「救世主様! 実在したのか!!」


「なんて????」

 

 麻痺が取れたのか、おじさんは素早く正座すると両手を組んで私を拝み始めた。

 やばい人か? やばい人なのか? 


「ダンジョンでピンチになると颯爽と現れて助けてくれる……特徴的な猫耳フードからつけられた異名は『救世主の影猫』!」


「いやいやいや知らない知らない怖い怖い」


 なにその異名みたいなの!?

 は、恥ずかし。ていうかダサ……。

 

 なんなんだこれ。

 とにかくもうここを離れたい。

 まずはこの人たちを安全に帰らせて、それから倒したクラゲが落とした魔石を回収しよう。


 私は興奮冷めやらぬと言った様子のおじさんと倒れた他の探索者に、即座にダンジョンから帰還させられる効果を持った魔石……通称『帰還石』を使う。

 紫色の光が広がり、彼らは大部屋から消えた。

 あのまま探索を続けさせるのは危険だし、今日のところは帰ってもらっていいでしょう。


「はあ、なんかもう疲れたかも」


 やっとひと段落着いた……。

 気を取り直して探索を続けたい。

 だがそんな考えは次の瞬間に打ち砕かれる。

 

「い、いたー! 見つけましたよ御影ユウさん!」


 背後から飛んできた鈴の鳴るような声。

 私はそれに聞き覚えがある……なんて回りくどい言い方はやめよう。

 動画配信で聞いたのだ、つい最近。

 ヒマちゃんねるのヒマリン。


「次は何なの……」


 なんだかもうすでにぐったりという感じだが、反対にヒマリン……桃髪の女の子は元気にこちらへ走ってくる。

 ピンクを基調とした布装備はあちこち破れていて、ここまでの道のりの壮絶さを感じさせた。


「あああああのっ、お久しぶりです! また会えたら言いたいことがあったんですけど……その!」

 

 ぜえはあと息を切らしていたヒマリンだったが、そこでばっと顔を上げた。

 眩しい。全身のそこかしこからきらきらとエネルギーを撒き散らしているかのような輝きを纏っている。

 逆にこっちはどんどん力を吸い取られてるみたいだよ……なんてげんなりしていると、ヒマリンはとんでもないことを言い放った。


「み、御影ユウさん! あたしは……あなたのことが好きです!」


「……はい?」 

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