3.愛する妹との団欒


 数時間後、突然スマホのアラームが鳴り響く。

 

「やば、もう帰る時間だ」


 とりあえずだいたいのクエストは達成したし、帰還しても問題ないだろう。

 今しがた大広間での戦闘を終えた私は、大量に散らばるモンスターの遺した魔石を片っ端からストレージに回収していく。


「うん、こんなものかな」


 全部は集めきれなかったが、充分すぎる量だ。換金すればそこそこの金額になってくれるだろう。

 私は耳もとに装着したナビを操作してステータスウインドウを開き、隅にあるドアマークをタップする。


《これよりダンジョンから帰還します。5……4……》


 カウントダウンが始まる。

 帰還システム発動中はその場から動けないし、五秒の時間を要するものの、いつでもどこでもダンジョンから帰還できるのは便利だ。

 俗に『帰還石』と呼ばれる魔石を使えば即座に帰れるものの、都合よく見つかるものではない。


《……0》


 カウント終了と共に周囲が青い光に包まれ、私はダンジョンから離脱する。

 この瞬間はいつもほっとする。今日も生き残れたんだと実感できるから。



 * * *



 私たちの生きるこの時代には珍しい古びたアパート。

 その一室が私の帰る場所だ。


「ただいまー」 


「あ、お姉ちゃんおかえり。ごはんできてるよ」


「リリカ~、今日も可愛いねー♡」


 愛する妹のお出迎えに高まった私は抱き着こうとして、顔の前に突き出された手の平に止められる。


「はい、帰って来たならまずは手洗いうがい。はりあっぷ」


「はーい……」


 対応は塩だけどしっかり者で可愛い。

 私は素直に洗面所へ向かう。

 

 私がダンジョンで探索者をやってるのは、ひとえに家計のためだ。

 私と、妹と、お母さんの三人家族。

 どんなに危険な仕事でも家族のためなら喜んでこなせる。


 手洗いを済ませて居間に入ると、出来立ての夕飯の香りが鼻孔をくすぐった。

 ちゃぶ台にはリリカが作ってくれた料理が並べられている。

 今日は肉じゃがだ。お肉が日常的に食べられるようになったのは私が探索者になって良かったことのひとつ。


「「いただきます」」


 声を重ねて食べ始める。

 よく味の染みたほくほくのじゃがいもは、私が作るのと遜色ない味だ。

 思わず涙がこぼれそうになる。こんなに成長して……。


「うわ、お姉ちゃんがまた食べながら泣きそうになってる」


「な、泣いてないやい」


 ほんとかなぁとジト目を向けてくる妹。

 リリカに家事を任せるようになってから一年が経った。

 申し訳ないと思うことは、ある。


「私は妹の成長が嬉しいんだよ。でも無理はしないでね。もともと家事は私の役目だったんだから」


「心配しないで。私がやりたいって言ったんだから……お姉ちゃんはダンジョン探索を頑張ってくれればいいの。実際お姉ちゃんがダンジョン行くようになってからだいぶ家計が楽になったしね」


 それならいいんだけど、と私はニンジンを口に運ぶ。

 父が不倫相手と蒸発してからお母さんは働きづめになった。

 そのぶん家事は私がやるしかなくて……当時小学生だったリリカには手伝わせないようにしてたけど、私がダンジョン探索者になれる歳になってからは任せることになった。

 おもに私が妹に任せるのを嫌がってかなりごねたけど、最終的には今の形に落ち着いた。


「そうだ、お姉ちゃんこれ見て」


 唐突に箸を置いたリリカがエプロンのポケットからスマホを取り出して見せてくる。

 貧乏とは言え、今の時代スマホが無いと本当に生きていけない。

 家計には……まあそれなりの打撃だったけど。


「こら、食事中だよ」


「いいから」


 リリカが見せてきたのはGuildというアプリだ。

 クエストの受注や動画配信、SNSといった様々な機能を持つ。

 突き出された液晶画面にはどこかのダンジョン配信者の動画が映し出されていた。


「この人の配信なんだけど、この端っこにちょっとだけ映ってるフードの人。ほら、これお姉ちゃんじゃない?」


「え、うそ。……ほんとだ……」


 その動画は生放送の切り抜きのようで、ピンク髪の配信者を襲う巨大な鳥モンスターが崩れ落ちるところで一時停止されている。

 その画面の端、配信者から離れた通路へ入ろうとしている猫耳フードで前髪が長い女の子……というか私が映っていた。


「『ヒマちゃんねる』のヒマリン。私も見始めたばかりなんだけど、最近すごく登録者数を伸ばしてるみたい。それで色々動画とか配信のアーカイブとか見てたらちょいちょいお姉ちゃんが見切れててさ」


 リリカはそれからいくつかの動画を私に見せてきたが、それらほとんどに私の姿が映っていた。

 いや、なんで……?

 それによく見たらこの配信者の子、どこかで見覚えがあるような。


「私が行ってるダンジョンに良く潜る人なのかな……」


「お姉ちゃん的には何か心当たりとかないの? あの人かなー、みたいな」


「うーん、今日ダンジョンで見た配信者の子と似てるかも。でも配信者ってダンジョン潜るといっぱいいるからなぁ……」


「そうなの!? じゃあ今度会ったらサイン貰ってきてよ!」


 きゃっきゃと可愛らしく喜ぶリリカ。

 聞くところによるとリリカの通う学校ではダンジョン配信者が流行っているらしい。

 たぶんうちの学校でもそうなんだろうけど、私は知らない。

 何故かって? 友だちがいないからだよ!


「そう言えばよくこんな小さく見切れてるだけなのにお姉ちゃんってわかったね」


 ふと浮かんだ疑問を投げかけると、リリカは何やら頬を染めて慌て出す。


「べ、別に? 前見せてもらったライセンスの写真がその猫耳フードだったし、あと前髪長すぎだからすぐわかるし!」


「そ、そっか」


 私の前髪はかなり長い。

 梳いてまっすぐ下ろせばカーテンみたいに両目を隠せる。

 鬱陶しいと思う時もあるけど、自分の顔を隠せるし、人と対面する時も自然に相手の顔を見ずに済む。


(いちおう明日から探索の時は意識しておこうかな?)


 運良くそのヒマリンと出会うことができればサインが貰えるかもしれないし――と考えつつ、私はじゃがいもをほおばった。

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