2.絶対配信に映りたくない!


 世界各地にダンジョンが出現してから一世紀弱。

 突如として観測された”異物”に、当時の世界は混乱の渦に巻き込まれたらしい。

 だけど人間というのはたくましいもので瞬く間にダンジョンへと適応していった。

 

「私みたいなコミュ障でも一人で黙々と稼げるんだからいい時代になったよね」


 学校帰りの私は小さく呟きつつ市役所みたいな建物……『ダンジョンセンター』の自動ドアをくぐる。

 ダンジョンセンターはダンジョンへの入退場管理、ダンジョン内で手に入れた魔石を始めとしたアイテムの引き取り、クエスト報酬の受け渡しなど、ダンジョンにまつわる様々な手続きが行える施設だ。

 ずらりと並ぶ受付を見渡し、見慣れた職員さんの元へ向かう。


「こんにちは」


「あ、御影さんじゃないですかー。今日も探索ですかぁ? ライセンスのご提出をおねがいしますー」


 対応してくれたのはプリン頭の気だるげな職員さんだ。

 私は可能な限りこの人に担当してもらうことにしている。

 なぜってコミュ障だから。知らない人と会話したりするのはメンタルがゴリゴリいっちゃうから……。


「お願いします」


「はぁい。……はい、確認いたしましたぁ。”ナビ”はお持ちですかー?」


「持ってます。……これ毎回聞かなくても良くないですか?」


「だめでーす。必要な手続きなのでー」


 両手の指で小さなバツを作る職員さん。

 見た目と態度に反して(失礼)意外と真面目なのだ、この人は。

 職員さんはタブレットで何やら記入しながら話を振ってくる。


「それにしても便利ですよねぇ、ナビ。これをつけてるだけで自分やモンスターのステータスがわかるし、ダンジョンマップは見られるし、拾ったアイテムだって異次元? ってやつに収納できるから重い荷物を運ぶ必要なし。いい時代になったもんですよー」


「職員さん、私とそんなに歳変わらないじゃないですか……その意見には同意しますけど」


 私は学生鞄から骨伝導イヤホンのような器具を取り出して左耳に装着する。

 これが『ナビ』。今やダンジョン探索には欠かせない便利アイテムだ。


 母方のおじいちゃんおばあちゃんは「わしらの若い頃はマップも毎回手書きしてのう」とか「魔石もバックパックに入れて運んでいてのう」とか言っていた。

 その時代は荷物を運ぶ専門の探索者『運び屋』が重宝されていたらしい。


「はぁい手続き終わりです。ライセンスはお帰りの際にお返ししますねー」


「ありがとうございます。じゃあ、行って来ます」


 細々した手続きは面倒だけど、ダンジョンは今の時代でも危険な場所なので、必要な事なんだろう。

 私は職員さんに一礼して、ダンジョンへのワープゲートが立ち並ぶブースへと足を向ける。

 その時「あのー」と私を呼ぶ職員さんの緩い声が背中にぶつかって、振り返る。


「?」


「今日もいっぱいクエスト入れてるみたいですけどー、気をつけて帰ってきてくださいねぇ」


 普段ののんびりした態度からは伝わりづらいが、心配してくれているみたいだ。

 さりとて他の職員さんみたいに「度を越してクエストを入れるな」みたいなことを言わない距離感が心地よくて、思わず口元がほころんでしまう。

 

「……はい。頑張って帰ってきます」


 あの人は私の事情を知っている。

 少しくらい無理してでも私は稼がなきゃならないんだ。

 他でもない、家族のために。


 使命感に燃える私はこのとき気づいてなかった。

 私に熱視線を向ける誰かの存在に。



 * * *



 ダンジョンに入った瞬間、ナビに格納されていた私の武器と防具が元から着ていた制服等と入れ替わるようにして自動的に装備される。

 一振りの刀と、あとはショートパンツにブラウス、その上に羽織る猫耳付きのフードジャケットだ。耐久力より機動力重視である。

 

「…………このフードほんと恥ずかしい」


 猫耳て。

 本当は今すぐにでも別の装備に変えたいところだが、このジャケットの性能が良すぎるせいで代わりが見つからないのだ。


 とにかく気を取り直してクエストをこなしていこう。

 内容としては指定されたモンスターを○体倒せだとか、特定の属性を持った魔石を納品しろだとかそういう感じ。

 本来私はもっと深い階層からスタートしてもいいんだけど、片っ端からクエストを受注しまくってるから難易度の低いクエストも混ざっていて、必然的に浅い階層も探索しないといけない。

 というわけで私は第一層の森の迷宮を探索しているわけである。ここも見慣れたものだ。

 

「お、来た来た。スライム」 

 

 そんなことを考えていると前方から緑色のスライムが三匹飛び跳ねてきた。

 クエスト対象だ。漏らさず倒さないと。


「よっと」


 軽く刀を振るい、向かってくる三匹を素早く切り伏せる。

 素早くて不規則に跳ねるから初心者のうちは意外と躓きやすい相手だ。

 でも一年も探索者をやってれば問題なく倒せる。


 モンスターはダンジョンにおいてもっとも特殊な存在かもしれない。

 なにせ通常兵器が通用しないのだ。


 ダンジョン黎明期にはそれはもう頭を悩まされた、なんて聞く。

 まあ当時は自分がどんなスキルを持っているか確認する方法もないし、モンスターに攻撃が通じる武器はダンジョンに潜って手に入れるしかないし。


 今はナビで自分のスキルを知ることができるし、初めてダンジョンに潜る探索者はセンターでそれなりの装備が貰える。

 私のスキルは……うん、おいおいってことで。

 

 刀を鞘に納めていると、視界の端にクエストが達成された旨がポップアップした。 

 これもナビの機能。クエストの進行度などを随時表示してくれる。


「よし、さくさく行こう。晩ごはんに遅れちゃう」


 スライムの落とした魔石を拾ってナビに収納しつつ、私は迷宮を進んでいく。

 慣れた道でも慎重に。ダンジョン探索は命のかかった仕事だから。



 * * *



 しばらく進むと開けた広間に出た。四方にそれぞれ道が続いていて、マップを確認すると右に行けば次の階層へのゲートがあるみたいだ。

 辺りにモンスターの気配は無いし、魔石の鉱脈も無い。

 まだ潜り始めなので休憩は挟まず、進んでしまおう……と考えていると。


「――――そう、だから次こそ第二層に行こうと思ってて。えー? 『絶対また逃げるハメになるだろw』……ってお前らー! 見てろよ全く! あ、初見さん初めましてー。ゆっくりしてってね。そんでさー」


 後ろから近づいてくるけたたましい声に慌てて猫耳フードを被る。

 どうしよう。カメラに映るのは避けたいぞ。

 ひとしきり慌てた結果、私は手近な大樹のウロに隠れることにした。

 はあ、とため息をつくと、その”声”が大広間に入ってくる。


「『今日何時まで配信する?』 んー、どうしようかな。いっそ耐久配信にしちゃおっか。第一層のボスにリベンジするまで終われないみたいな! ……おいそこのコメント。『明日も仕事あるんで……』じゃないっ! どれだけ時間かかる想定なのさ!」


 撮影用ゴーレムを顔の前に浮かせたあの女の子はダンジョン配信者だ。

 ダンジョンの隆盛にしたがって、探索の様子を動画配信する人も増えた。

 少なくとも見てる分には面白いだろうし人気コンテンツになる理由もわかるかな。


 私もダンジョンで配信者に何度か遭遇したことがあるけど……うう。

 たまたまどこかの配信に見切れて『陰キャっぽくて草』ってコメントに書かれてたのを妹から教えてもらったときにはショックだった。まあ事実なんだけど!

 

 前髪か? この長い前髪があかんのか?

 でも短くすると人と目が合いやすくなって困るんだよね……。

 

「……そろそろ行ったかな?」 


 ウロからおそるおそる顔を出すと、あの小動物みたいなピンク髪配信者はいなくなっていた。

 大広間を通過したのだろう。

 私はほっと胸を撫で下ろすと探索を再開することにした。

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