親愛はユーモアとチョコレートに乗せて

日横ヶ原れふ

親愛はユーモアとチョコレートに乗せて

「あーもー、寒すぎでしょ! もはや冬じゃん」

「いや、冬だろ」

 2月半ばの空気はまだ冷たく、冬があと半月で終わるとはにわかに信じがたい。

 幼馴染のハルナのボケにツッコミを入れながら校門を抜けると、はかったかのように街灯がパッと灯った。

「ほらごらんナツキ、素敵なイルミネーションが私たちのために輝いてくれているよ」

「これをイルミネーションと呼べるなら、パチンコ屋のネオンとか見たら感動のあまり卒倒しそうだな、お前」

 こいつのおふざけ癖は、俺たちが仲良くなった小学生の頃から変わらない。中学校に上がってからは、異性どうしということもあって一時的に疎遠になったりはしたものの、去年の夏にあったとある出来事をきかっけに、俺たちはまたこうして頻繁に帰路を共にするようになったのだった。

「ねぇねぇ、ところでさぁ」

 ハルナが俺の肩をちょんちょんとつつく。そちらに目線をよこすと、彼女は人懐っこい笑みを浮かべながらこちらを見上げていた。

 ──可愛らしいと思わなくもないが、こいつがこういう顔をするのは、決まっておかしなことを考えている時だ。

「好きな人に恋人がいるのか気になるけど、直接聞くのは恥ずかしい……そんなこと、ありますよね?」

「なんで小林製薬のCM風の語り口なんだよ」

 ……案の定、ハルナの口から飛び出したのは、お得意の小ボケ混じりの台詞だった。

「でも実際そうじゃない? 『彼女いるの?』って聞いたら自分が相手のことを好きなのがうっすら伝わっちゃうしさぁ」

「それはまぁ、そうだな」

 言い方はともかく、言ってること自体はもっともだ。現に、俺もそういうことを聞きたくても聞けなかったことがある。

「でしょ!? だから私はそんな悩めるラム肉ちゃんたちのために、解決策を考案したってワケ!」

「いや、食肉加工すな……で、どんな方法?」

 きっちりとツッコミを入れつつ、俺は先を促した。正直なところ、気にならないと言えば嘘になる。

「じゃあ実際やってみるね」

 ハルナが大仰に咳払いをして、もったいぶりながら口を開いた。

「……で、ナツキは最近彼女とどんな感じなん?」

「え? いや……あぁ、そういうことか」

 唐突な質問に一瞬だけ面食らったものの、俺はハルナの意図に気が付いて小さく頷く。

「そうやって聞いて、彼女がいなかったら『いや、彼女いないけど』って返ってくるし、いたら普通に答えてくれるって寸法ね」

「そそ! いい作戦じゃない?」

 ハルナがお手本のようなドヤ顔と共に胸を張って見せた。確かに、今回に限っては割と理にかなっていると言ってもいいだろう。

「……ってなわけでさ、ほら」

 俺が珍しくハルナに感心していると、彼女は何かを訴えかけるように自分のことを指さす。

「えっ、何?」

「『何?』じゃなくてさ、私に聞いてよ。『最近彼氏とはどうなん?』って」

「なんで自分から催促してるんだよ……」

 どう考えても進んで聞いてほしいようなたぐいの質問ではない。大方、これに対するボケをあらかじめ考えているのだろう。

 ……となると、こいつの思惑通りに事が運ぶのもちょっとしゃくだ。

「で、最近カラシとはどうなん?」

「ぁえっ!? いや……えっと、納豆によく入れててさ……いや違うな」

 俺がひねくれた質問をしたばかりに、ハルナの口調がたちまちしどろもどろになる。いつもこいつに好き放題ボケられてばかりなので、たまにはこうしてやり返すのも悪くない。

 内心でしめしめとほくそ笑んでいると、ハルナが諦めたように両手を空に投げ出した。

「くそー、負けたー!」

「別に戦ってねぇよ」

 悔しがる素振りを見せるハルナ。こいつは芸人でも目指しているのだろうか。

「……いやまぁ、彼氏はいないんだけどさ」

 ひとしきり騒いだあとで、ハルナは突然正気に戻ったかのようにそうこぼした。切り替えが早いところは、こいつのいいところかもしれない。

「まぁ、そうだろうと思ったよ」

 内心の安堵を隠しながら、俺は努めて冷静にそう返した。

「はぁぁぁ?? ちょっとそれひどくないですか?? 失礼極まりな……キマワリないんですけど??」

「面白くないことを言い直すな。せめてポケモンの話題の時に言え」

 ハルナがくだらないことを言いながら目を剥いて反論してくる。全く迫力がないので、子犬にキャンキャン吠えられてる気分だ。

「説明責任を果たせー! 慰謝料をよこせー!」

「別に変な意味じゃないって。彼氏がいたらこうやって俺と二人で……その、帰ったりしないだろ」

 説明しようとした自分の言葉を変に意識してしまい、思わず途中で言いよどんでしまった。それを気取られまいかと不安になったが、彼女は神妙な顔で「あーね」と頷いているので、その心配は無さそうだ。

「確かに、ハルナちゃんと言えばオシドリくらい一途ってことで有名だもんね」

「いや、聞いたことねぇよ。しかもオシドリって普通に毎年違う相手とつがいになるらしいし」

「え、嘘? うわー、マジかオシドリ。引くわー」

 勝手に引かれるオシドリの気持ちにもなってみろ。それに、オシドリの視点から見たら、限定的な相手としかつがいにならない人間の方が滑稽こっけいに映っているかもしれない。

「てかどうせナツキもあれでしょ、彼女いないでしょ」

「……おい、お前こそ失礼極まりねぇな」

 俺がオシドリに代わって内心でハルナに反論していると、先ほどのボケ潰しの意趣返しとばかりに、ハルナのちくちく言葉が俺の繊細な心に突き刺さった。

「しまいには手が出るぞ」

「うわ、暴力じゃん。怖っ」

「喉から」

「いや、切実に彼女が欲しいだけじゃん!」

 ハルナが俺の肩甲骨を強めに叩き、そこそこの痛みが走った。こいつは基本的にボケ担当なので、ツッコミの加減を知らないのだ。

「やー、おもろいわぁ」

 さらに俺の背中に対して何発かの追撃の平手を入れながら、彼女はケラケラと笑い出した。

「ナツキって基本ツッコミだけどさ、意外とボケもいけるよね」

「そりゃどーも」

 ボケがいけるかいけないかなんてことは割とどうでもいいのだが、俺の発言でハルナが笑ってくれるなら、まぁ悪い気はしない。

「でもナツキって結構ツンデレなとこあるからなー、彼女できたら彼女にだけデレデレしてそう」

「そういうハルナだって、彼氏と二人きりの時だけ語尾に『にゃ』とか付けてそうだけどな」

「そんなことないにゃ」

「尻尾出すの早すぎだろ」

「猫だけに?」

「やかましいわ」

 ──そんな風に他愛のない話をしているうちに、俺たちは住宅街の中の小さな交差点へと辿り着いた。ハルナの家がここを左に曲がった先で、俺のは直進方向。つまり、ハルナとはここでお別れとなる。

「そんじゃ、また明日ね!」

「ん、じゃあ」

 いつも通りの場所で、いつも通りの挨拶を交わす。

 この場において唯一いつも通りじゃないものがあるとするならば、それはとあるよこしまな期待を抱いていた俺の心境だった。そのために、今日は離れるのがいつにも増して名残惜しく感じる……なんてことは、口が裂けても言えない。

 そんな気持ちを振り払うべく、俺はハルナに背中を向けて青信号の横断歩道を渡ろうとした。

 と、その時。

「ナツキ!」

 背後から呼び止められて、俺は反射的にハルナの方を振り返る。

「おりゃっ!」

「っ……あぶね!」

 直後、彼女は豪快なオーバースローのフォームで俺に何かを投げつけてきた。飛んできたそれをあわや落としそうになるが、俺はすんでのところでキャッチに成功した。

「何だ、これ……?」

 手元を確認すると、それは縦横10センチ、高さが3センチほどの小さな箱だった。しかも、なぜかアンパンマンが印刷された包装紙にくるまれている。

「アタイからのプレゼントだ、受け取りなベイビー!」

「あ……おい!」

 ハルナは妙な口調でそう言い捨てるや否や、きびすを返して猛ダッシュで走り去って行った。俺はその背中が薄暗がりに消えるまで呆然と見送ったのち、再び小箱に視線を落とす。

 あいつから突然押し付けられた箱──その情報だけだったら、中に何が入ってるかなど皆目かいもく見当もつかなかっただろう。しかし、今日の日付と照らし合わせて考えてみると、その中身は自ずと推測できる。

「……」

 答え合わせは帰ってからにしよう。俺は小箱をポケットに押し込み、点滅し始めた青信号を足早に渡った。

 ハルナのことだ、何かを仕込んでいる可能性もある。しかし、それも含めて俺の胸は否応なしに高鳴っていた。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか、あるいは──




   ▲   ▽   ▲




「あのさ、昨日はその……チョコ、ありがとな」

 2月15日。すなわち、くだんの箱を受け取った翌日。

 俺は今日も一緒に下校するハルナに、ぎこちなくそう声をかけた。気恥ずかしさはあるものの、お礼はしっかり言っておかなければならない。

「おっ、ちゃんと食べてくれたかね?」

「あぁ、思ったよりおいしかった」

「『思ったより』って何さ! 失礼キマ……極まりないな!」

 今のは恐らく素で間違えかけたのだろう。怒り顔を装う表情に、わずかばかりのばつの悪さが見て取れる。

「……まぁでも、ナツキのツンデレ語を翻訳すると『まろやかながらも甘すぎず、口どけもなめらかな素晴らしい仕上がり』ってことかな」

「おい、なんだそのきっしょい言語は。あと勝手に俺の言葉に尾ひれを付けるな」

「あははっ!」

 ケラケラと楽しそうに笑うハルナは、普段通りの彼女と変わりなく感じる。やはり、昨日もらったのは、あくまで友情の証という位置付けなのだろう。

 ……まぁ、ラッピングがアンパンマンの時点で薄々察してはいたが。

「──ところで、さ」

 俺が内心で密かに落胆していると、ふいにハルナの声色が変化した。

「私がチョコに描いたやつ……あれ、見たっしょ?」

 彼女にしては珍しく、やや歯切れの悪い口ぶりだ。その様子を疑問に思いつつも、俺は脳内に昨日のことを思い浮かべた。

「あぁ、アレね」

 手のひらサイズの円形のチョコ。そして、そこに白いチョコペンで描かれた不可解なイラスト。

「確か……表が馬の絵で、裏が『◎』の記号だったよな?」

「そう、それ!」

 昨晩、箱を開けるや否や絶妙にリアルな馬のイラストが目に飛び込んできたときは、脳内にいくつもの疑問符が浮かんだ。しかも、裏面には別の模様が入っているときたものだ。

 なぜ、チョコレートに馬と『◎』なのか──ハルナのことだから何も考えずに描きたいものを描いただけの可能性も否めなかったが、昨日の俺はその真意をしっかりと考察した。そして、一つの解答を導き出した。

「……まぁ、なんとなく意味は分かったよ」

「っ、本当に!?」

 普通の女子なら、バレンタインチョコにこんなメッセージを乗せるなんて考えつかないだろう。しかし、こいつなら十分にあり得る。

「あれって要するに──」

 ハルナの真剣な眼差しが俺を見つめる。

 その期待に応えるべく、俺は自信をもってその答えを彼女に突きつけた。

「──『このチョコはウマい、◎の出来だ』ってことだろ?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………?」

「………………はあああぁぁぁぁ」

 しばしの沈黙を経て、深く長い溜め息がハルナの口から漏れた。

「ナツキって頭いいくせにさぁ、肝心な時にバカだよね……馬の絵の裏面は鹿にしとくべきだったわ……」

 いわれのない暴言が俺を襲う。

「えっ、なんだよ。違うのか?」

「ちげーよばーか! あーほ! やーい、お前の母ちゃん経産婦!」

「そりゃそうだろ……いてっ! おい、やめ……いてて!」

 ボキャ貧で罵詈雑言が尽きたからか、ハルナは俺の脚にローキックを食らわせてきた。なんというシンプルな暴力だろうか。

「分かった、悪かったって! 降参だから! どういう意味か教えてくれよ!」

「知らん! 自分で考えろ!」

 どうやら、不正解のせいで完全にヘソを曲げてしまったらしい。

「なんだよ、教えてくれたっていいだろ?」

「やなこった。私の怒りはマリアナ海溝より深いんだ」

「それは悲しみをたとえる時の言い方だろ」

「じゃあ、私の怒りはアレだ……火山……というか炎……いやなんかもう、エグい。マジで」

「なんで諦めてるんだよ。もうちょっと頑張れよ」

 ──とまぁ、そんな風にハルナをなだめすかして(?)いると、気づけば俺たちはいつもの交差点に到着していた。

 正面の歩行者信号は赤。いつもであれば青になるまでハルナは待っていてくれるのだが、今日は相当におかんむりなようで、彼女はスタスタと自宅への道を進み始める。

(……明日、購買で何かおごってやるか)

 そんなことを考えながら、俺も青に変わった信号を渡り始めた。

 と、その時。

「ナツキ!」

 あたかも昨日の再現かのように、ハルナの声が後ろから俺を呼び止めた。

 振り返ると、さっきまでの不機嫌はどこへやら、見慣れた笑顔の彼女が俺に向かって大きく手を振っていた。

「また明日ね!」

「……あぁ、また明日」

「あと、ホワイトデーはキャンディかマカロン希望で!」

「はぁ? 何言って……」

「んじゃ!」

 会話を一方的に打ち切り、ハルナは慌ただしく帰路を駆けて行く。俺は呆れと混乱がないまぜになった感情を抱きながらも、とりあえずスマホを取り出して『ホワイトデー キャンディかマカロン』とメモしておくことにした。


 でもあいつ、そんなにキャンディとかマカロンとかが好きだったっけ……?

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