第31話 か弱いヒロインによる平和的解決法


 さーって、めでたくEランク冒険者になれたし、そろそろダンジョンに入れるのよね。知識はあるけど実際生身で潜るのは初めてなのでドキドキである。


 なんでも活動拠点パーティハウスというものを買うために纏まったお金が必要なため、ダンジョンで荒稼ぎしたいのだとか。


 ニッツたちはダンジョン探索に必要な消耗品を買いに行くとのことで、私は初回探索のお約束だという『今からダンジョンに入りますねー』という報告をするため冒険者ギルドを目指していた。なんか色々と注意点も教えてくれるみたい。


 やっぱり冒険者と言えばダンジョン探索よね。なんかこう、お肉が上手く焼けるレアアイテムとか出ないかしら?


 ウキウキした気分で冒険者ギルドに入ると、この前ニッツたちに喧嘩を売ってきた二人組……スキンヘッド男と眼帯男が私に気づき、気安く片手を上げた。


「おう、セナ。史上最速での昇級だって? おめでとさん」


「抜かれないよう俺らも頑張らねぇとなぁ」


 スキンヘッドの方がハーグス、眼帯の方がガータス。第一印象は最悪だったけど、なんやかんやで仲良くなった冒険者仲間だ。


 この二人、どうやらライバルと目していた『暁の雷光』が怪しい女(つまりは私)に騙されたと思い、あんな絡み方をしてきたそうだ。ツンデレか。


 ちなみにツンデレとはツーン・デレール女史が執筆した小説のヒロインが以下略。


 ダンジョンに入る報告は急ぎというわけでもないので、ちょっと二人と雑談でもしましょうか。


「なにかいい依頼あるかしら?」


「んや、あまりねぇなぁ」


「最近はゴブリンの調査ばっかりだ。そろそろこの辺のゴブリンは絶滅するんじゃないか?」


「あら、それだとゴブ肉が食べられなくなるわね。やはり養殖するしかないかしら?」


「養殖って……」


「セナならやりかねねぇよなぁ……」


 冗談4割だというのにドン引きするハーグスとガータスだった。もちろん6割本気である。


「ま、ゴブリン討伐ばかりで他の魔物が増えてきているからな。ここらで調査も打ち切りだろう」


「そうなの? まぁ今日はダンジョンに潜る予定だから――」



「――はっ、素人がダンジョン? 身の程知らずだな」



 と、背後からそんな蔑みの声が。なに? 私が冒険者ギルドに来ると絡まれるのがお約束なの?


 ちらっとハーグスとガータスを見ると、二人はサッと視線を逸らしてしまった。罪悪感があるのか、あるいは巻き込まれるのを嫌ったか。


 なんか面倒くさいなーっと考えながら振り返ると、そこにいたのは――ハーレム野郎だった。


 キラキラしたイケメン。金色の髪に整った顔つき。線の細い身体からしていかにも『王子様』っぽい。いや本物の王太子殿下の方が百倍イケメンだけれどね。なんという残酷なイケメン格差であろうか。


 そんなイケメン(弱め)、両脇に女性を侍らせていた。一人は紫色の髪が特徴的な魔術師で、なにやら妖艶な雰囲気を漂わせている。あと胸部装甲が凄い。


 もう一人はいかにも『妹!』って感じがする少女であり、この世界では珍しいツインテールが目を引く。こっちもなんだか魔術師っぽいわね。それと胸部装甲は薄め。


「……Bランクパーティ、『栄光の勇者』だな」


「何日か前に長期探索から帰ってきたから、セナの強さを知らないんだろうな……」


 と、小さな声でハーグスとガータスが耳打ちしてくれた。私の強さはギルドマスターとのバトルで知れ渡ったはずなのだけど、その時にいなかったみたい。


 私も小さな声で二人に質問する。


「え~っと、『栄光の勇者』ってことは、勇者なの?」


「んや、違う違う。自分で勝手に名乗っているだけさ」


「普通は恥ずかしくて名乗れないんだがな」


 勇者とはかつて魔王を討伐した英雄であり、現在では国王陛下に認められた者だけが正式な当代勇者となる。

 さすがに勇者自称は捕まると思うのだけど……。パーティ名だけならとお目こぼしされているのかしら?


 あと、『恥ずかしくて』ということは、彼自身は勇者を名乗れるほどの実力は持っていないらしい。


「何をコソコソと喋っているんだい? はっ、僕たちを恐れて直接声を掛けられない気持ちは分かるがね!」


 と、自称勇者。

 うっわー、なんというか、凄い自信だわね。


「まるでセナみたいな自信満々さだな」


「あぁ、まるでセナみたいな自信たっぷりさだな」


 え? 私って端から見るとあんな感じなの……?


 私が愕然としていると、その様子が『恐れている』ように見えたらしい。自称勇者が明らかに調子に乗った。


「ふん、史上最速でEランク昇級か。どうせその顔と胸でギルドマスターをたらし込んだのだろう?」


 いや、何が楽しくてあんな脳筋マッスルに媚を売らなきゃならんのか。むしろ罵りあった仲ですが?


 コソコソと二人との会話を継続する私。


「というか、ここの騎士団長にも似たようなこと言われたたけど、私ってそんなに弱そうな見た目なの? 実力じゃなくて顔で出世したようにしか思えないの?」


「……う~ん、セナは線が細くて筋肉付いているようには見えないからな」


「あと、顔はいいからそっち方面だと思われるんだろう。中身はともかくな」


「はーん? 私の中身がどうだってー? 返答によっては宣戦布告と受け取るぞー? 表出るかー? 顔の原形留めないぞー?」


「……そういうところだよ」


「そういうところだな」


 なぜだ。


「――いいかげんにしろ!」


 私たちがコソコソ話を続けているのが気にくわなかったのか、自称勇者が怒りをあらわにしながら私の手首を乱雑に握った。


 おー、すごい。冒険者って(騎士や貴族と比べれば)気がいい人が多いけど、こういうのもいるのねぇ。


 手首を捕まれたのに慌てもせず、恐がりもせず。私の反応の薄さにさらに怒りが増したのか自称勇者がまくし立ててくる。


「ふん! どうせその顔と胸で『暁の雷光』も籠絡したんだろう!? だが、あいつらはもう頭打ちだ! 僕らのところに来ればSランクも夢じゃないぞ!」


 下卑た目で私の顔と胸を見ながらそんなことをのたまう自称勇者。


 あ、これはヤバいな。


 近くで男性が激高しているから、ではなく。

 腕を捕まれてしまったから、でもなく。


 暁の雷光ニックたちをバカにされて、ハーグスとガータスの怒りが頂点に達したのだ。


 いやいや、あなたたち自分でもニックたちをバカにしてたじゃない? あれか? 『俺たちがバカにするのは良くても、他の連中がバカにするのは許せねぇ!』的な? テンプレライバルキャラみたいな?


 据わった目で腰の剣に手を伸ばすハーグスとガータス。そんな二人の様子にまったく気づかない、鈍い自称勇者。こと・・が始まれば一方的に切り捨てられそうね。


 いくらなんでも刃傷沙汰はマズいのでは?


 ここは平和的に――



 ――ぶん殴る!



 なぜなら刃物を持ち出されるより殴った方が平和的だから! あとさっきからエロい目で見られてとても不愉快! セクハラ野郎には死を!


「チェストォオッ!」


 自称勇者の頬に騎士団で鍛え上げた右拳を叩き込むと……自称勇者は面白いように吹っ飛び、テーブルや椅子をなぎ倒しながら転がり、壁に叩きつけられてやっと止まった。


 いや、弱っ。弱くない? 一応Bランクパーティなんでしょ?


「……あいつは確かに弱いが、」


「むしろ、セナが強すぎるだけじゃないか……?」


 なぜだかドン引きするハーグスとガータスだった。私が殴ったのは二人のためでもあるというのに。刃傷沙汰を避けようとしただけなのに。なぜだ。なにゆえだ。


 ま、でも、悪は滅んだ。いやさすがに死んではいないけど、滅んだということにしましょう。


 というわけで私が意気揚々と受付に行ってダンジョンに入りますよ~報告をしようとすると……私の肩が、ガッシリと捕まれた。


「――冒険者同士の喧嘩は、ランクを一つ落とす。忘れたわけじゃねぇよなぁ?」


 巌のような声が響いてきた。いや声に対して『巌』という表現はおかしいかもしれないけど、巌としか言い表せない厳つい声だったのだ。


 ギギギと振り向いた先にいたのは脳筋――じゃなくて、ギルドマスター・ギルスさんだった。


「あ、アハハ……。そうでしたっけ?」


「冊子を渡しただろうが。公爵令嬢なんだから『字が読めませんでした』なぁんて言い訳は無理だぜ?」


「でもでもー、あんなセクハラをされて黙っていろとー?」


「せくはら……? とにかくだ、喧嘩するなら俺らの目がないところでやれって言っているんだ。規則がある以上こっちだって見逃すわけにはいかねぇんだから」


 やれやれとギルスさんは首を横に振り――


「――セナ、それとあのバカは一ランク降級処分な」


 そんな無情な裁定が下された。それじゃあダンジョンには入れないじゃん……。


 ま、あのセクハラ野郎も一緒に降格するならまだマシかとポジティブに考える私であった。


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