第26話 第二章プロローグ


 ――冒険者ギルド。


 地下にある貯蔵庫に集まったギルドマスターらギルド関係者は難しい顔でその『ゴブリン』を観察していた。


 普通のゴブリンとは明らかに異なる服装。明らかに発達した肉体。


 そして何より、『暁の雷光』の報告が事実なら攻撃魔法・・・・を使ったというのだ。


「あ、暁の雷光の誤認なのでは……?」


 職員の一人が冷や汗を流しながらその可能性を指摘する。


 確かに、可能性はある。暁の雷光たちはこのゴブリンが魔法を使っている場面を直接見たわけではないのだから。何らかの自然現象を見間違えたということもあり得る。


「……だが、魔術師であるミーシャとセナが二人とも誤認するとは考えがたい。例の洞窟で攻撃魔法を使う存在がいたのは確実。ゴブリン以外に『何か』がいたという痕跡はなかったと言うし、こいつが攻撃魔法を使った可能性が高いだろう」


「そ、そんな……」


 職員の顔がみるみるうちに青くなっていく。それも当然か。攻撃魔法など、今となってはほとんど失われた・・・・・・・・技術なのだから。


 敵が攻撃魔法を使うなら、射程を考えてこちらも攻撃魔法で対抗したいところ。だが、森の国に引きこもっているエルフたちならともかく、この国で攻撃魔法を使える者は数えるほどしかおらず……そのほとんどが『塔』や『魔導師団』に囲い込まれて技術を独占している。そんな精鋭エリートが、わざわざこんな辺境にやって来ることはないだろう。


 魔法を使えるゴブリンがこの一匹だけなら、いい。しかし、暁の雷光の報告によれば、王都からの道中でも似たような個体が現れたという。その死体は念のために王都の冒険者ギルドに引き渡したというが……。


 魔法を操るゴブリンの複数発生。これが最後ならいいが、ギルドマスター――ギルスはとても楽観視などできなかった。


 もしも魔法を操るゴブリンに率いられた群れが町や村を襲えば、冒険者や民への被害は計り知れないものとなる。ただでさえ辺境には魔術師が少ないというのに、攻撃魔法を防げるレベルの結界を張れるとなると……。『暁の雷光』のミーシャに、『ノブレス』のベアトリスくらいで……。


(……もう一人いるか。セナリアス・ウィンタード……)


 公爵令嬢でありながら騎士となった変わり者。この国で唯一ものになった・・・・・・魔法剣士。史上最年少で騎士爵になった天才で、民を救いし雷光……。


 噂など当てにならないというのがギルスの信条であるが、しかし『雷光』の二つ名に偽りはなかった。自分だって現役時代はSランク冒険者だったのだ。そんな自分と、(加齢によって多少は衰えたとはいえ)一時間も戦ってみせた。その技量、その持久力、どれをとっても超一流だ。


 そんな『雷光』は、Aランク冒険者パーティ『暁の雷光』とつるんでいると聞く。このまま暁の雷光に加入してくれれば、暁の雷光は冗談ではなくSランクパーティとなれるだろうし、魔法を扱うゴブリンに対する切り札となる。


「……とにかく、王都に報告だ。できれば王都のギルドに引き渡されたというゴブリンの情報も欲しいな。周辺のゴブリンも調べなきゃならないし、もちろん洞窟への調査隊も派遣するぞ。腕利きを集めてくれ」


「王都に問い合わせてみます」

「では、ゴブリンの調査依頼書の作成を……」

「自分は洞窟の調査計画を立てて、書類の作製を」

「あ、私も手伝います」


 職員たちがそれぞれの仕事に向かったところで、今回は一旦解散となった。


「…………」


 地下に一人残ったギルスはその鍛え上げられた肉体を小さく折り曲げ、ゴブリンの死体を凝視する。


 近い時期に現れた二体の奇妙なゴブリン。

 偶然ならそれでいい。

 だが、もしも何者かの意志が介入していたとしたら……。


(まさか、進化・・……?)


 その可能性に思い至ったギルスは背筋に冷たいものが走ったのだった。





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