第23話 大悪党令嬢
最初の広い空間が近づくにつれて、ゴブリンの死体も増えてきた。皆が皆苦しそうに喉をかきむしっていたり、口から泡を吹いていたりする。
魔物とはいえそんな凄惨な死に様を見た私は、がっくりと肩を落とした。
「よく考えたら、毒を使ったら肉を食べられないじゃない……」
いや人間には無害な毒なんだけどね。さすがの私でも毒殺されたお肉を食べる勇気は無いっていうか。苦しみながら死ぬとお肉も不味くなっちゃうというか……。
「セナなら構わず食うと思ったんだがなぁ」
「変なところで常識があるんだな」
「魔術師としては規格外でも胃袋は人間並みなのでしょうか?」
「肉欲も毒には勝てなかったと」
皆様はわたくしのことを何だと思っていまして? わたくしこれでも公爵令嬢ですわよ? 肉欲が原因で追放されてしまいましたが。
「……公爵令嬢?」
「公爵令嬢?」
「公爵令嬢?」
「こーしゃくれーじょー?」
何よその「嘘つくならもっとマシな嘘をつけよ」って顔は? いや公爵令嬢の意味が分かっていないっぽいフェイス君は可愛らしく小首をかしげていたけどね。
「公爵令嬢にして! 伝説の『雷光』! 我が国最年少の騎士爵となり! 極めた者がほとんどいない魔法剣士! それがわたくしセナリアス・ウィンタードなのです!」
「え~……」
「う~ん……」
「ん~……」
「胡散臭い」
容赦のないフェイス君だった。他の人たちはまだ言葉を選んで選んで選び損なって唸っていたというのに。
◇
一つ目の広い空間にはゴブリンの死体が積み重なっていた。毒であると察して奥の空間へと逃れようとしたみたい。
しかしゴブリンたちは逃げ切ることができず。
奥の空間へと繋がる道には、粗末ながらも木製の扉があった。あの扉が逃げようとするゴブリンたちを遮断し、おそらくは毒もあそこで止まってしまったと。
つまり。
おそらくあの扉の向こうには健在のゴブリンがいるはずだ。
「……え、そんなバカな」
念のために探知魔法を使ったミーシャが愕然とした顔をする。
「どうしたの?」
「……洞窟の入り口で探知したときよりも、数が増えています」
「確か、この洞窟には50匹くらいいたのよね?」
「はい。しかしこの奥にはまだ50ほどのゴブリンがいます」
「……それは妙ね」
今いる場所を見渡して、軽く数えてみる。……うん、ここで毒殺したゴブリンだけでも40~50はいそうね。道中で死んでいたゴブリンも合わせれば、最初にいた数すべてが死んでいてもおかしくはない。
最初は50だったのに、今は(毒殺した数を含めて)100以上か。
「増援が来たってこと?」
「しかし、他に入り口はないはずですし……。探知が甘かったか、何か間違えたか……。うかつでした。敵地に突入するのですから、一度だけの探知魔法で満足せず、二度三度と精査するべきだったんです」
肩を落とすミーシャをニッツたちが慰める。
「いや、気にするなミーシャ。いつもはちゃんとしているじゃないか」
「そうだそうだ。今回は普段と調子が違ったからな」
「全部セナが悪い」
あはは、泣くぞフェイス君?
まぁしかし! 私が悪者になることでミーシャの笑顔が戻るなら! 私は喜んで悪役となりましょう!
「毒で大量虐殺するのは悪役じゃなくて大悪党」
容赦のないフェイス君であった。
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