第9話 辺境の地で


 さらに一日かけて、馬車の一団は辺境の地に到着した。


 正確に言えばガールラルト辺境伯の領都・城塞都市ラルトに到着だ。私の左遷先となる騎士団は領都に駐屯地があるし、ニッツたち『暁の雷光』は元々この町を拠点に活躍しているらしい。


 辺境とは王都から遠いという意味であるし、魔物との生存圏争いの最前線という意味でもある。この地から魔物を駆逐できれば我が国は広大な未開の土地を手に入れることができるし、逆に、負ければいずれ王都まで侵略されるでしょう。


 そんな辺境の地であるからこそ、騎士団の活動も盛況である……はず。おそらくは、そうでなければならない。いやそんな場所が『左遷先』になっている時点で色々と察せられるけど。


 ともかく、私はまだ騎士団所属なのだから、ニッツたちとはここで一旦お別れだ。


「じゃあ、私は一応着任挨拶をしなきゃいけないから」


「おう、冒険者になる気になったら冒険者ギルドを尋ねてくれ。受付に頼めば連絡も取れるはずだからな」


 王都への出張で小金を稼いだというニッツたちはこれから豪遊するらしい。つまりはきっと肉パーティー。羨ましいことだ。


 さすがの私でも(王都での仕事に協力したわけじゃないし)ご相伴にあずかるわけにはいかない。まずは騎士団に顔を出して、形だけでも着任。あとは退職手続きと退職金の受け取り方などを調べましょうか。


 辺境という割に、城塞都市ラルトは発展していた。魔物退治のために冒険者たちが集まってきているし、魔物から採集できる素材を求めて商人たちもやって来る。人が集まれば宿や飯屋ができて……という感じで大きくなっていったのでしょう。


 都市の建設自体が近年であるおかげか、実際のところ王都よりも小綺麗に感じられた。


「中々いい町じゃない」


 活気ある町を通り抜け、城壁の門近くへ。そこに騎士団の駐屯地はあった。


「うっわ、ボロい……」


 外壁のレンガが経年劣化でボロボロになっているのは仕方がないとはいえ、『正門』という最も目立つ場所の壁一面に蔦が巻き付いているのはどういうことだろう? 騎士が手入れをする……のは、プライドが許さなかったとしても、人を雇って綺麗にすることくらいはできるはずなのに。


 正門とは、その騎士団の顔。騎士団の旗を掲げておくべき場所。そんな正門が汚かったら、まともな騎士団であれば上官が叱り飛ばすだろうに。


(嫌な予感)


 的中率が異様に高い第六感の警報を聞き流しつつ、私は駐屯地の中に入った。







「――ふん、また問題を起こした騎士を寄越したのか。王都はうちの騎士団を何だと思っておるのだ?」


 騎士団長の執務室に通されて。室内にいたのはデブ――いや、ふくよかすぎるお腹をした中年男性だった。


 なんとこの肉人形……じゃなくて、まん丸な男性は、この騎士団の騎士団長であるらしい。


 いやいや、騎士団長って有事の際は騎士を指揮する立場にある人でしょう? そんな出っ張ったお腹で馬に乗れるのかしら? この騎士団長を見てしまうと、王都の第三騎士団長元上司がまともに見えてしまうのだから不思議なものね……。


 騎士団長は舐めるような目つきで私の頭からつま先までを見てくる。……顔と胸、そして腰というかお尻で視線が止まったことは気づかぬふりをするべきだろうか?


「ふん、王都では有能な騎士として名を馳せていたらしいが、どうせその顔と身体で男を籠絡していたのだろう? ――お前の態度次第では、うちでも重用してやってもいいぞ?」


 つまり、愛人とかやれと?


「ははは、私は豚顔の魔物オークと寝る趣味はありません」


 おっとしまった。ついつい本音が口から。ポロッとね。


 これは激高されるかなと思ったけど、意外と騎士団長は顔をゆがめるだけで怒鳴ったりはしなかった。どうやたらオーク呼ばわりは慣れているらしい。


「……ふ、ふん、まだ自分の立場を理解していないようだな……。おい、演習場に人を集めろ。まずは歓迎会と行こうじゃないか」


 下卑た顔をしながら副官に命じる騎士団長であった。これはもしかしたらオークの方がイケメンかもしれない。





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