第8話 平和な道中


 その後は魔物の襲撃などもなく数日間の平穏な馬車旅となった。


 フェイス君の黒髪を忌み嫌っていた他の乗客たちも、フェイス君の活躍を目の当たりにしたおかげか辛辣な目を向けてくることもなくなった。……強さに恐れおののいただけかもしれないけどね。


 そんな平和な馬車の中。私は軽く身の上話をすることにした。


「――肉欲に負けたのよ」


「肉欲?」


「肉欲?」


「肉欲?」


「にくよく?」


 エロい話かと目を輝かせるニッツに、ちょっと引いているガイル、どう反応したものかと苦笑するミーシャちゃんに、そもそも『肉欲』の意味が分かっていなさそうなフェイス君だった。


「……フェイス君。そのままのキミでいて。ニッツのようなエロ野郎になっちゃいけないわよ?」


 フェイス君の両肩を掴んで懇々と語る私であった。


「ひっでぇ物言いだなぁおい。お前にだけは言われたくねぇぜ。肉欲ってあれだろ? 王子様でも襲ったの――かぁ!?」


 ガイルとミーシャちゃんに頭を殴られるニッツであった。是非も無し。


「バカ、女性に向かってなんだその物言いは」


「フェイス君の教育に悪いですから慎んでください」


「……ういっす」


 二人からの圧に負けているニッツだった。頼りないリーダーとみるべきか、気さくなリーダーと評価するべきか。


「勘違いして欲しくないのだけど、肉欲っていうのは肉欲よ。お肉が食べたい欲望ってこと」


「…………」

「…………」

「…………」


「お前の」

「言葉遣いは」

「おかしいです」


 まさかのニッツ、ガイル、ミーシャちゃんによるトリプルツッコミであった。お肉食べたい欲なんだから略して肉欲じゃないかー。


 なんだか形勢が悪いのでここは思い切って話題を変えましょう。


「ミーシャちゃんはいい腕前ね? 魔導師団に誘われなかったの?」


「セナさんに『いい腕』と褒められると恐縮ですね。……あの、セナさん。長い付き合いになりそうなのでこの際訂正しますけど……たぶん私の方が年上ですので『ミーシャちゃん』というのは……」


「へ?」


「セナさんってたぶん10代後半か20代前半ですよね? なら、私の方が年上です」


「……え、エルフは見た目が変わらないってパターンでごわすか?」


「ごわす?」


「ちなみに実年齢は何歳――いえ、今のなし。女性に年を聞くのは失礼すぎるし、年齢によってはものすごい精神的ダメージを喰らいそうだから」


「あ、はぁ」


「分かったわ。これからはミーシャって呼ばせてもらうわ」


「お願いします。……魔導師団に誘われなかったか、でしたか。実は昔、魔導師団に所属していまして」


「へぇ」


 騎士団と魔導師団は一緒に訓練などをするので結構交流がある。ミーシャみたいな美少女が魔導師団にいれば話題になっているはずだし、となると私が王都で騎士になった5年くらい前にはもう辞めていたことになり、そうなるとミーシャの年齢は……。いえ、止めましょう。ミステリアス・エルフ。それでいいじゃない。


「魔導師団は給料が良かったでしょう? なんで辞めちゃったの?」


「いくら給料が良くても、忙しすぎたので……」


「あー……」


 この100年くらいで魔術師の数は激減したらしいし、ミーシャほどの支援魔法が使える魔術師なんて魔導師団でも貴重であるはず。そして、数が少ないからこそそんな貴重な魔術師を酷使するしかなく、結果として逃がしてしまったと。


 収入は安定するけど過労死しかねない魔導師団。収入は不安定でも、好きなときに好きな仕事ができる冒険者。

 国と王家のために死ぬことを求められる魔導師と、自分と仲間たちのために生きる冒険者。

 それを比べたとき、ミーシャは冒険者を選んだと。うん分かる。私だって選択肢があれば冒険者を選ぶもの。


 ……親友たちが騎士に向いていないと言ったのはこういうところかぁ。


「しかし、あれは珍しかったよなぁ」


 私とミーシャのやり取りが一段落したと踏んだのか、ニッツが別の話題を切り出した。


「あれって?」


「初日のゴブリンの襲撃だよ。あんなに王都から近いのに……。大きな街道周辺、特に王都の側ともなりゃあ金にものを言わせて魔物を狩り尽くしているはずなのによ」


「……よく考えればそうね」


 言われてみれば確かにおかしい。

 ただ、魔物研究の専門家でもない私が、ゴブリンの異常行動について説明できるわけがないし――


 ――いや。


「まさかね」


 一つの可能性に思い至った私だけど、あまりにも荒唐無稽なのですぐに頭を横に振ったのだった。



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