第7話 肉欲に負ける(2日ぶり2回目)


 まぁそれは今後の検討課題にするとして。鍋が出来上がったみたいなのでまずはご飯にすることにした。


 鍋の蓋が開けられる。

 途端に鼻腔をくすぐる刺激臭。あまり嗅ぎ慣れない香りだけど、冒険者が使うスパイスかしら?


 鍋の中身は、シチューみたいな汁物。見た目はホワイトシチューっぽいけれど、香りはシチューっぽくない。


 具材は庶民でも手に入りやすい根菜と、森の中で採ってきたであろう木の実。そして――肉。あの塊は、間違いなくお肉様ね!


 やっぱり労働のあとにはお肉よね! 肉! 肉! 肉! いったい何肉かしら? 見た目からして……うん? 何のお肉だろう? 私ほどのニクストロ(肉を愛し、肉に愛されたマエストロ)になれば見ただけでだいたいのお肉が区別できるのだけど……なんじゃこら?


 そもそも冒険者って普通のお肉を食べられるのかしら? なんだか長期保存ができる干し肉ばかり食べているイメージが。いや、でも王都から出発したばかりだし、新鮮なお肉くらい手に入るわよねきっと。まだ傷んではいないわよねきっと。


 それに空間収納ストレージに詰め込めば新鮮なまま保存できるし。……いや空間収納ストレージを持っている魔術師なんて滅多にいないけど、あれだけの支援魔法を行使できるミーシャちゃんならきっと持っている。はず。


 だから別に問題はない。これはきっと新鮮なお肉。

 なのだけど、私の第六感が問い糾すべきと訴えかけていた。


「……つかぬ事をお伺いするけど、これ、何の肉?」


「ん? ゴブリンだ。新鮮で美味いぞ」


「……ごぶ?」


「りん」


「ごぶりん?」


「ゴブリン」


「ぼ、冒険者にだけ通じる隠語とか?」


「この国の大抵の人間に通じる公用語だな」


「……冒険者ってゴブリン食べるの?」


「時間が経つとマズくなるから売れないがな。狩りたてなら美味いから冒険者の間ではよく食べられているんだ」


「なんと……」


 ゴブリンって人型の魔物なのによく食べられるわね……。いやでも人間とは明らかに別系統な生き物だから、セーフかしら……?


 …………。


 じっと鍋を見る。

 肉。

 別に変な感じはない。

 肉。

 よそわれたお椀の中をじっと見つめる。

 肉。

 変なニオイはしない。

 肉。

 とても美味しそう。

 肉。

 差し出された料理を食べないのは失礼肉。


 ――肉。


 というわけで、私は意を決してゴブ肉を口に入れたのだった。


 こ、これは!?


 野生動物ゴブリンとは思えない柔らかさ! 歯で噛み千切るまでもなく口の中でほぐれていく! 驚くほど生臭さがなく、むしろ染みこんだ香辛料が食欲を増進させてくる! そして何よりも溢れんばかりの肉汁っ! これは! 美味い肉だ! この美味い肉を前にすればビジュアルイメージなど消し飛んでしまう!


「やっぱりゴブリンの肉は美味いよなぁ」


「時間が経つとマズくなるのが欠点だな」


「そうですねぇ。空間収納ストレージに入れておけば鮮度は保てますが、さすがにそこまでの余裕はないですし……」


「食べたくなったら狩ればいい」


 美味い美味いと鍋をつつくニッツ、ガイル、ミーシャちゃん、フェイス君に向かって、私は高々と宣言した!


「肉!」


「……にく?」


「じゃなかった! 私! 冒険者になる!」


 だって冒険者になればゴブリンの肉を食べられるのでしょう!? 他にも美味しい魔物の肉があるかもしれないのでしょう!?


 強く拳を握りしめ、すっくと立ち上がる私であった! 称えよ! 祝え! 今このときこそ冒険者セナリアス誕生の瞬間である!


「わー」


「わー」


 意外とノリがいいミーシャちゃんとフェイス君はやんややんやと拍手で祝福してくれて。


「……おいおい、俺らが誘ったときより力強い決意だぜ?」


「肉に負けたか……」


 なぜか項垂うなだれるニッツとガイルだった。





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