第2話 追放、そして出会い


「この痴れ者が! 第三騎士団の名を汚しおって! 貴様は左遷だ!」


 と、騎士団長。

 大丈夫、あなたが買収と媚売りで騎士団長になった時点で名声は地に落ちています。


「公爵家の名に泥を塗りおって! 貴様は追放だ! どこへなりとも行くがいい!」


 と、お父様。

 大丈夫、異母弟じゃなくて私(女)を騎士団に放り込んだ時点でウィンタード公爵家の名は泥まみれですわ。


 殿下への肉欲発言の翌日。

 私は異例の速さで辺境へ左遷決定。ついでに実家からも追い出されてしまったのだった。


「――あっはっはっ! 肉欲! 殿下に対して肉欲に勝てないって!」

「そりゃあ殿下を狙っていると思われても仕方ないわよね! 性的な意味で!」

「ちょっとあなたたち、笑いすぎよ……。ぷっ、くくく……」


 大爆笑して新たなる門出を祝ってくれる親友たちであった。おーぼーえーてーろー。


「……ま、セナは騎士には向いてないわな」

「もうちょっと自由に生きられる職がいいわよね。冒険者とか」

「騎士を辞めるなら相談して。退職金のぶんどり方を教えてあげるから」


 真面目にアドバイスしてくれるのはいいのだけど、せめて笑いすぎた呼吸を整えてからにしてくれませんかね?


 しかし、冒険者か……。

 自分でも騎士には向いていないと思っていたけれど、親友たちからもそう見えていたらしい。


 ――冒険者。


 そっちの道を行くのもありかもね。

 どうせもう騎士としての出世は望めないのだし、これは人生設計の見直しが必要かしら?







「――やばいやばい! 馬車が出ちゃう!」


 一日かけて計画の見直しをした私は急いで荷物をまとめ、辺境行きの馬車停車場を目指していた。とはいえ生活必需品は空間収納ストレージに入れてあるので、あとは鎧と刀をぶっ込んだだけだけど。


 あの馬車を逃しては次の辺境行きは一週間後だし、私はなんとしても・・・・・・あの馬車に乗らなければならないのだ。


 停車場には辺境を目指す十数台の馬車がひしめき合っていた。一台二台では魔物や盗賊たちの格好の餌食になってしまうので、十数台の馬車とその護衛がひとまとめになり、集団となって目的地を目指すというのはよく行われている自衛方法だった。


 そんな馬車の一台。いわゆる乗合馬車に飛び乗った私である。


 重い鎧を着たままの全力疾走から比べればマシとはいえ、それでも乱れてしまった呼吸を整えていると――


「――へぇ、銀髪とは珍しいな」


 そんな声が掛けられた。

 少々乱雑な印象があるけれど、よく通る声。戦場では重用しそうだ。


 呼吸を整えながら発言主の方を向くと、そこにいたのは(庶民には珍しい)金色の髪を短く切りそろえた男性だった。


 年齢は二十代前半くらいだろうか? 太い眉毛と、一本筋が通った鼻。太い首などからかなりの強者であることが察せられる。顔のパーツのバランスはいいから、もうちょっと眉毛を剃れば絶世のイケメンになるのでは?


 騎士という雰囲気じゃないから、たぶん冒険者でしょう。


 金属製の鎧を(身体の急所部分だけとはいえ)身につけていることや、頑丈そうな両手剣を背負っているところから見るに……前衛。アタッカーといったところかしら?


 そんなアタッカー(仮)が面白そうに口の端を吊り上げた。


「あんた、ずいぶん鍛えているみたいだな? あれだけ走っていたのにさほど疲れた様子がねぇ」


 そりゃあまぁ、女とはいえ騎士ですからね。

 というか自己紹介もないまま話を進めるつもり?


「え~っと、あなたは?」


「おっと、そうだった。護衛として雇われた冒険者パーティ、『暁の雷光』のリーダーをやっているニッツだ」


「ニッツさんね。私はセナ。騎士をやっているわ」


「騎士かぁ。なら鍛えているのも納得だな。……一人で辺境行きの馬車に乗るってことは、左遷でもされた――か!?」


 ニッツさんの頭を、隣に座っていた男性が軽く殴る。

 なんというか、筋肉マッスルだった。

 座っているだけなのに周りを威圧してくる圧倒的な肉量。素手で殴っただけでゴブリンくらい殺せそうな。背中に大きな盾を背負っているから盾役タンクかしら?


「ニッツ。お前はもうちょっと気を遣った発言をするべきだ」


「でもよぉ、お前だってそう思っただろう?」


「思ったとしても、それを口にしないのが人間関係というものだ」


「へいへい」


 肩をすくめてからニッツさんが盾役であろう男性を紹介してくれる。


「こいつは盾役のガイルで、こっちは魔術師のミーシャだ」


「よろしく頼む」


「よろしくお願いします。うちのリーダーがすみません」


 ニッツさんの左側に座っているのが、先ほど彼の頭を殴ったガイルさん。右側に座っている小柄なエルフ・・・のお嬢さんがミーシャちゃんというらしい。


 木々の新緑を思わせる爽やかな緑色の髪に、うちの王太子殿下すら翳んでしまいそうな美貌。う~ん、美少女。圧倒的な美少女だわミーシャちゃん。エルフは美男美女が多いとは聞くけれど、実物がここまでとは……。


「あとは……なんだ、拾ったガキが一人」


「拾った?」


「よりにもよってガイルから財布を盗もうとしてな」


「へぇ、ガイルさんから」


 ガイルさんなんて歩いていたら小山が動いているような感じでしょうに。そんな彼からスリをしようとするなんて度胸があると言うべきか、危機感がないと言うべきか。


「その根性が気に入ってな。冒険者にするために連れ回しているってところだ」


「弟子ってこと?」


「まぁ、良い言い方をすればな。実際は小間使いみたいなものなんだが」


 そんな照れ隠しをしながらニッツさんが引き寄せたのは、少し離れた場所にいた少年。深くフードを被っているのでほとんど顔は見えない。


 ただ、そんなフードの下から、わずかに覗いていたのは世にも珍しい黒髪・・であり。


「――綺麗な黒髪ね」


 つい。ついつい。そんなことをつぶやいてしまう私だった。


「っ!」


 黒髪の少年が驚いたように顔を上げる。その拍子にフードが取れ、黒い髪が露わになる。

 途端、馬車の中にざわめきが広がった。乗合馬車なので当然私たち以外にも乗客がいるのだけど、そんな人たちから『黒髪かよ』、『不吉ねぇ』、『あぁ嫌だ……』といった心ない言葉が飛んでくる。


 この世界において、黒髪は不吉の象徴。

 かつて討伐された魔王が黒髪だった。そんな昔話を信じて、黒髪は迫害される対象となっているのだ。


「……あら、分かってないわね。こんなに綺麗な黒髪なのに」


 安心させるよう微笑みながら少年を抱きしめ、その黒髪を優しく撫でる。

 美少女(私)が美少年を抱きしめる感動的な場面。だというのにひそひそ話は止まる様子がなくて――


「――ふんっ」


 盾役のガイルさんがその場で強く床を踏み鳴らした。彼の肉体であれば床板を踏み抜くこともできるはずだけど、無事なのだから手加減ならぬ足加減したのでしょう。


 しかし、踏み鳴らした大きな音は馬車の中の喧噪を沈黙せしめ。それ以降、一人として『黒髪』に言及する人はいなくなった。


 重苦しい雰囲気の中、なんとなくそれ以上喋ることも憚られてしまい。しばらく鬱屈とした時間を過ごしたあと、馬車は最初の休憩地点に到着した。



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