女騎士は肉欲に負けました ~今日も魔物の肉がうまい~
九條葉月
第1話 肉欲に負けました
「――あぁ、肉。お肉が食べたい。お腹空いた……」
長かった遠征訓練も終了し、数日ぶりとなった王都。
騎士宿舎の食堂に向かいながら、私は我慢できずにそうつぶやいてしまった。
少し先を歩いていた同期の
「女子にあるまじき発言ねぇ。見た目だけなら銀髪美少女なのに」
「あれじゃない? 『我々は女である前に騎士であれ』みたいな?」
「騎士なら尚更『お肉が食べたい』だの『お腹空いた』っていう発言はまずくない? 常に清廉潔白、滅私奉公を求められるのが騎士なのだから」
さっそく怒濤の弄りが展開されるけど、反応する気力もない。肉。私はとにかく肉が食べたいのだ。もういっそ魔物を狩って食べてやろうかと思ったけど、『みっともない』と副騎士団長に怒られたからなぁ……。
「とは言っても訓練中も干し肉は出たじゃない?」
「うん。庶民からすれば凄い贅沢よね」
「分かってないわねぇ。――干し肉だと、肉欲が満たされないのよ!」
「肉欲って……」
「またとんでもない発言を……」
「お肉を食べたい欲だというのは分かるけど……」
「変な意味にしか聞こえないわね。騎士が肉欲を持て余すとか、それだけで謹慎案件だわ」
「恐怖。肉欲が満たされずに夜な夜な
親友たちがなにやら言っているけど、私の頭の中はお肉でいっぱいである。やはり肉とは分厚くて、容赦なく鼻腔を刺激してきて、噛んだ瞬間にじゅわっと肉汁があふれ出すべきなのだ。それがない干し肉など、肉ではない!
しかしもうすぐそんな肉欲も満たされるでしょう。食堂のおばさん――いやお姉様は遠征訓練のあとは必ずステーキを準備してくれるからね。
さぁもうすぐ食堂だ! 我が肉欲を満たすのだ! ……と、期待に胸を躍らせていたら、
「――セナリアス・ウィンタード騎士爵。すぐに演習場へ向かうように」
眼鏡の似合う副騎士団長さまが駆けてきて、そんな死刑宣告をしてくださりやがった。
「へ?」
「呆けた声を出すな、みっともない。現在、王太子殿下が近衛騎士団の訓練を視察されていてな。女でありながら、近衛騎士相手に五人抜きをしたウィンタード騎士爵の勇名を聞き及び、面会を希望されている。すぐに向かうように」
「……これから数日ぶりのまともな
「それは王太子殿下からの呼び出しより優先されるのか?」
されます!
とは、さすがの私も口にはできない。なにせこの世界には絶対的な身分制度があり、王太子殿下はトップクラスの御方なのだから。王侯貴族。王>侯>貴族。つまりは貴族よりも偉い。
「……訓練直後で、その、色々と汚れていまして」
着替えるついでにちょっとお肉をね? つまみ食いなどできると思うのですよ?
「体臭など気にするな」
体臭とか言わないでください!
大声でツッコミしたい気持ちを必死に飲み込んでいると、副騎士団長は『では、急ぐように』と言い残して踵を返してしまった。無情にもほどがある。
「あーあ、可哀想に」
「殿下からの呼び出しじゃあしょうがないわね」
「さすがは名高き『雷光』様。殿下の耳にまで届くとは」
「肉欲はまだ満たされないかぁ……」
「じゃ、先に行っているわね~」
「早くしないと無くなるわよ~」
同情はしてくれるのに、待っていてくれるつもりはないらしい。心優しき親友たちであった。
◇
王太子殿下は相変わらずキラキラした御方だった。
柔らかそうにウェーブした金髪。汚れなど一切ない初雪のような肌。そしてなにより、美形揃いの王侯貴族の中でも他を圧倒する美貌……。ほんと、普通の女子であれば胸をキュンキュンさせて黄色い悲鳴を上げているところだ。
しかし今の私はそんな美貌に狂わされることもない。私が重視するのはお肉――じゃなかった、騎士としての崇高な使命なのだから。
「――セナリアス・ウィンタード騎士爵。仰せによりまかり越しました」
片膝をつき、臣下としての礼を尽くす。肉。
「やぁ、久しぶりだね
いやいきなり愛称かい、というツッコミをグッと飲み込む。肉。
「……自分のような者のことを覚えていてくださったとは……」
「もちろん覚えているよ。婚約者候補のことなのだから」
「…………」
ははは、何をバカな。と、言いかけたのを何とか我慢する。普通の貴族令嬢ならともかく、騎士に身をやつした女を婚約者にするなんて無理。そんなことは王太子である自分が一番分かっているでしょうに。肉。
その後も親しげに話しかけてくる殿下。いや私たち雑談するほどの仲じゃなかったはずですし、さっさと切り上げて肉を食べに行きたいんですけど?
肉。早く話を終わらせてくれ。肉。お腹空いた。肉。肉汁。肉。パンに挟んで。肉。米食いたい。肉。肉。にくにくにく……。
「実はセナに提案があってね」
「肉」
「にく?」
「いえ、何でしょうか?」
「実は……セナを私の護衛騎士に、という話が出ていてね」
え、嫌です。
思わず即答してしまったけど、第三騎士団長の『おぉ!』という喜悦の声のおかげでかき消えたみたいだ。そりゃあ自分のところの騎士が王太子殿下の護衛騎士に選ばれたとなれば団長の評価も上がるものね。喜ぶのも無理はないか。
いやしかし私は護衛騎士になるつもりなんてない。肉。護衛騎士は殿下最優先。肉。つまりは自分の食事は後回し。肉。殿下の予定によっては固くなったお肉を食べなきゃいけないし、食べ損なう恐れもある。肉。立身出世など他に人に任せればいいのだ。肉。肉を食わせろ。肉。なんとか角の立たない断り方を。肉。肉食いたい。ステーキが、ステーキが私を呼んでいる……。肉欲が押さえきれない……。
「護衛騎士ともなれば『完璧』を求められる。弱点などもってのほかだ。……一応確認したいのだけど、セナには何か弱点などあるかな?」
「――はい! 肉欲には勝てません!」
ざわりと。訓練場がざわめいた。
お?
いま私なんて言った?
いくら断ろうとしたからって、肉欲って……。せめて空腹には勝てないとか……。
い、いやしかし大丈夫。殿下はこのくらいで怒るような人ではない。はず。いや『肉欲』ってどう考えてもエロい意味だし、一国の王太子を前にして肉欲発言とか不敬罪でもおかしくはないけれど……。
殿下は目を丸くしていたけど、怒ったりはしなかった。さすがは次期国王陛下。何と器の大きいことでありましょうか。……ただ単に予想外の発言すぎて固まっちゃっただけかもしれないけれど。
殿下は怒らず。騒がず。
その代わりとばかりに、周りの人間が喧々囂々となった。
「肉欲だと!?」
「王太子殿下に対してなんたる発言!」
「殿下を狙っているのか!? 性的な意味で!?」
「一応は公爵家の娘だろうに、なんという
「殿下! 危険です! 色狂いは何をするか分かったものではありません!」
剣を抜き、殿下の前に躍り出て盾となる近衛騎士の皆様。まるで私がこれから殿下に(性的な意味で)襲いかかるかのような厳重さだ。
いやまぁ、肉欲に勝てない女が、この国最高の優良物件を前にして、理性的であると信じられるはずがないですよねー。
そのまま殿下は近衛騎士たちに押されるように訓練場をあとにして。我らが第三騎士団長殿は怒りが頂点に達したのか卒倒し、周りの人に支えられながら退出した。
…………。
よし、これはもう
※本日あと数話投稿します。
お読みいただきありがとうございました。
もしよろしければ★評価とフォローをお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます