決意

 あいつがいたら言うんだよ、英二にそう言われて送り出されて、さつきはびくびくしながら買い出しに出かけた。食料を買い、花屋を出た頃になると、拓斗は先日のことなどなかったかのように現れた。

「へえ、落ちなかったんだね。まあ大したことないみたいだしだいじょぶでしょ」

 その言葉を聞いて、さつきはぞっとした。こいつ、あの高さの階段から落ちたらどうなるかなんて想像もできないんだ。彼のなかの欠落したなにかは、そのまま恐怖の対象となった。さつきは早足で歩き始めた。そして<Chatoyancy>に着いて拓斗が追いかけて来なくなったのを確認して、階段を降りて行った。花と食材をそこに置いて、さつきは表に行った。

「店長」

 英二はカウンターで煙草を吸っていた。彼がその声に振り向くと、さつきは申し訳なさそうに言った。

「あいつ、また来ました」

「……そう」

 英二はここ数日、なにかをじっと考えていた。仕事をしながら考え、食事をしながら考え、酒をつくっている時でさえ考えていた。そしてその考えは徐々に形を成して姿となり、彼にあることを決意させるまでの大きさになると、もうそこから動かなくなってしまった。「さつき」

 英二は冷蔵庫に食料をしまっているさつきに声をかけると、

「ちょっと出かけてくる。あいつが来たらいけないから、私が出たら鍵かけておいて」

 時刻は夕方になろうとしている。

 店に着いて開店の準備をするにあたって、英二が店を留守にすることなんて月に一度銀行に行くときくらいだ。どこに行くんだろう、あいつと話しに行くのかな。さつきはそんなことを考えた。そして英二を送り出して従業員用の出口にしっかりと鍵をかけると、ふうと息をついて水切りしておいた花を持って表に行った。

 英二は夕方の猥雑な街並みを見ながら、ここは大して変わらないな、と特別な感想も抱かずにある場所を目指していた。そしてその建物の前にやってくると、迷うことなくその二階に通じる階段を昇り始めた。彼は二階のドアの前までやって来ると静かにドアをノックし、誰かが出てくる前にそれを開けた。

「……遠藤に会いたい」

 その声は、いつものようになんの感情も浮かんでいなかった。

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