もうすぐ誕生日
1
その日、さつきが嬉しそうにそれを首につけるのを見て、あまりにも嬉しそうにしているので、英二はなんだろうと目をやった。
緑の石が、さつきの白い肌の上で光っていた。
「それ……なんて石だっけ」
さつきは笑顔のまま振り向いた。
「エメラルドです」
歩きながら、彼女は言った。タマがその後をとことことついてくる。
「誕生石なんです」
ああそうか。英二は思い出していた。五月が誕生日だったか。
「……何日?」
「二十一日です」
それは来週である。英二がなんでそれを言ってくれなかったのだ、と言おうとすると、さつきは、
「<Chatoyancy>で働くようになってもうすぐ一年なので、ご褒美にと思って」
と屈託なく言った。そうか、もう一年か。英二は一年前の、さつきと出会った日のことを思い出していた。やってきたのが女性だということに気を取られ、目を通した覚えのない履歴書に、誕生日の爛もあったはずだ。あの時は思ってもみなかった、こんな日が来ようとは。しかしさつきは、誕生日を忘れられたことなどどうでもいいかのように嬉しそうにしている。
「清水の舞台から飛び降りちゃいました」
そんなことを話している内に、店に着いた。
「はい、これ」
英二はさつきの一年目、という言葉で思い出していた、彼女に渡すものがあったと。
「?」
さつきは渡された小さなカードを見て不思議そうな顔になった。
「保険証。正社員だからね」
さつきの顔がぱっと輝いた。
「ありがとうございます」
さつきは大事そうに保険証を押し抱くと、ロッカーに行ってそれをしまった。
「その代わり、そうしょっちゅう昇給はできないけど」
「そんなの気にしません」
さつきはますます機嫌がよくなって、鼻歌を歌いながら植物に水をやり始めた。その様子を見て、英二は思った。誕生日に保険証か。それでいいものかな。しかし来週となっては、下調べをする時間もない。さつきも、それにこだわっている様子はない。
さつきは緑が好きだ。ああ、だから緑の石にしたのか。生まれたのが五月だから、緑が好きなんだろうか。
「ピンクレディとマルガリータお願いします」
そんなことを思っていると、さつきが客からの注文を取ってきた。
「私の子供の頃はね……」
カウンターの客の声がここまで届いてくる。それにつられて、英二は酒をつくりながら、柄にもなく自分の子供時代のことを思い出していた。それは、特筆すべきことはなにもない、平凡なものだった。
「キョウコったらだから仕事が続かないのよ」
別の客が連れに向かってなにやら説教している。キョウコか……昔を思い出したついでに、その名前も英二の記憶を呼び覚ました。
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