第5話 出会い
「さて、道は示した。余は君の選択を否定しない。余と敵対しようが、構わないよ」
「魔物との共生という目的は、変わっていないのだな?」
「あぁ、勿論だとも。コレは君との約束だからね。約束を破るわけにはいかない」
「ならばオレはお前の剣となろう」
「ありがとう。改めてよろしく」
「……ん、頭痛い」
目覚めは青空教室。
天井が焼け落ちた宿で、半分炭とかした布団にくるまっていた。
「……昨日のこと、思い出せねぇ」
昨夜の出来事で覚えているのは、クエートが魔王になったこと。
ソレ以降の記憶は一切覚えていなかった。どうやって宿に戻ったのか、記憶が雲がかったように滲んでいる。
「クエート。なんで……」
空に手をかざし、虚無を掴んだ。
二日酔いよりも酷い頭痛で、立ち上がることができない。雲一つない空は、優しくアークを照らしていた。
「──徒労であったな」
誰かの言葉が、ガンガンと脳に響き、アークを嘲笑う。
「殺し合いなんて、やりたく無い」
思いはどこにも届かない。
希望が絶望に変わる瞬間が、最もしんどい。
「ふざけんなよ」
言いたいことは、山ほどあった。
けれど、何をしようにも魔王城に行かなければならない。
立ちあがり、最低限の身支度を行なった。
写真の村は、魔王城の真ん前に存在する。
よく今まで存続できていたものだ。
クエートが滅ぼした町は、ただ、静まり返っていた。
静寂が旅人に触れ、異質な空気が世界の異常を伝える。
(
今では見る影も無い。
そんな町の中心で人影一つ。
「初めまして!」
場所に似合わね大きな声で少女は挨拶をした。
金髪のツインテールを靡かせる、10歳前後と見受けられる彼女は、警戒心が無いのか、とことことアークに近づく。
「誰だ?」
問答と警戒を同時に行うアークを見て少女は、その場で止まり、微笑んだ。
「私、あなたのファンなんです」
「は?」
予想外の一言に、右手に持ったナイフを落としてしまう。
「ここに居たら、会えると思ってました」
かん、とナイフとコンクリートの衝突音が響き、少女はスキップでアークとの距離を詰める。
「だから誰だ。まず名を名乗れ。お前は俺を知っているのかもしれないが、俺はお前を知らん」
「私の名前はシグレ。詳しいことは聞かないでください」
あー、と思い出したかのように少女は自身の名を告げた。
「私知ってますよ、あなたを。歴代最強と呼ばれた勇者にすら劣らない実力。それに、あなたの過去も」
(……何者だ?こいつ)
気味悪がり、ナイフを回収し、バックステップで距離を離す。
幽霊退治の時ですら、ここまでの恐怖を覚えなかった。
得体の知れない、底なし沼のような恐怖がアークを襲う。
彼にとっては分からない異常の恐怖を知らない。よりにもよって彼女は、それの類だった。
「そんなに警戒しないでください。私、何かしましたか?」
「何もしていないから怖いんだ。近寄るな」
(いざとなったら『無音』使って切り抜けるか……)
「固有魔術の開示でもダメですか?」
「……」
固有魔術とは、字面の通り個人個人のみが使える魔術であり、基本的に、他人に見せるものでは無い。
特に戦場においては自殺行為に等しく、魔術に合わせた対策を練られると大体は詰んでしまう。
確かに、警戒を解かせるには丁度良いだろう。
「ダメだ。開示が条件で発動するモノも有る。とりあえず、近づくな」
経験が、可能性を潰していった。
「そうですか。残念です」
言って、少女は瓦礫の山に座る。
翡翠の色をしたポンチョは、汚れ、破けていた。
しょんぼりとして、瓦礫から先端の尖った瓦礫を採取し、ペンを握るように持ち、地面に文字を書く。ぶつぶつと何かを言っており、明らかに機嫌が悪くなっていた。
「分かった。ナイフぐらいは直してやる」
言葉を聞いて少女はぱーっと満面の笑みでアークを見つめる。
「それで、俺になんの用がある」
「魔王城に行くのでしょう?」
「あぁ、バカを止めにな」
「私も同行させてください」
予想外の言葉で、一瞬ではあるものの、アークは言葉を失った。
「断る」
取り戻した第一声は、無情にも少女を拒む。
「私、きっと役に立ちますから。お願いします!」
「嫌だ」
「どうしてですか!」
「もう、何も失いたく無いんだ」
それは、心からの本音。
いつまで経っても忘れることができない過去。
自分のせいで、誰かを失いたくない。
自分のせいで、誰も死んでほしく無い。
「どうしても……ですか?」
「どうしてもだ」
決して、顔には出さない。
誰にも伝えたく無いのだ。
時間をかけた。
先を急がなければ。
そう考え、一歩踏み出した瞬間、
「私の力を証明させて下さい。絶対死なないって、過信じゃ無いって、あなたに認めさせます」
言って、少女はアークの道に立つ。
「邪魔だ」
「仲間にしてくれるまで、通さない」
それは、ただの意地。
頑固な少女は駄々をこね、望みを叶える。
「……なんでだ」
「?」
「なんで、お前は魔王城に行く。なんで、お前は自ら死地に出向く。故郷を滅ぼされたとか、そんな
殺意を隠さず、ナイフを正面に構え、少女に問う。
「──運命に、抗え」
誰かの言葉を、少女は呟いた。
「……?」
「それは、あなたが教えてくれた。だから、戦う。魔王を、倒す」
答えはうやむやで、答えになっていない。
だが、アークは殺す気になれなかった。
「……なら、力を見せろ」
「!?」
「お前が勝ったら、連れて行ってやる」
少女が望む答えを出してしまった。
「!本当ですか!?」
「あぁ、本気だ」
互い、間合いをとる。
殺しは無し、良くて気絶。
肉体に流れる神秘の形を、闘争の形に変化させた。
黄金の瞳が、紅蓮に染まる。
光の空間が、常闇に染まる。
(肩慣らしには、ちょうど良いか)
自分に言い訳をし、全力を出す免罪符を作った。
誰かの言葉が、頭痛のように脳裏に響く。
──因果は、終わっていない。
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