第4話 目覚めし運命


勇者クエート。

地獄の中心で、彼は崩壊の時を待っていた。


「なぜだ!クエート」


憎悪がアークの身体で蠢く。


「なぜ……か。それは1番君が理解しているはずだよ、アーク」


彼の足元には、勇者としての全てが篭った剣。曇り一つない白銀の剣は、今や見る影を無くしていた。


「はぁ?意味わかんねぇよ。何してやがるんだ、お前!」


「ゼスティリアでの戦いは、勇者としての自分にとって、大きな影響を与えた」


ゼスティリアの戦いと言う単語を聞いて、アークは言葉を失った。

一つ、最悪の心当たりが存在したからだ。


「私たちは、ゼスティリアを守るために、死力を尽くして戦った。相手は、魔王。多くの部下を引き連れ、数の暴力、人海戦術で、私たちを苦しめた」


豪火が、村を燃やし切る。

悲鳴が、終わりを告げる。


「ウェルバー」


それは、アークにとっての明確な地雷。

ゼスティリアの戦いで命を失った、3

獣使いダマと出会う前の、初めての仲間の名。


「彼はこの戦いで命を失った。ソレも、私を庇って、身代わりとなって。今でもあの時の記憶が鮮明に思い出せる」


魔王に直接討たれた最強の剣士。


「彼の偉大すぎる活躍を、ゼスティリアの人々は一蹴し、貶した。君なら、痛いほど分かるだろう?彼がいなければ今頃、私たちは命を落としていた」


「それとこれに、なんの因果がある。確かにゼスティリアの一件は俺もイラついた。

タリスリア除けば唯一滅ぼしたいと本音で思った。けれど、違うだろこれは」


「いいや、同じさ。奴らは助けられるのが当然だと思い込んでいる。本当に、胸糞悪い」


「……」


彼は、かつての仲間の言いたいことが、本気で理解できなかった。いや、理解を拒んでいた。


「古代都市アルガルナで、ある資料を見た時、私はこれしかないと思った」


地面に突き刺さった剣を引き抜き、アークに向ける。


「は?」



「は!?」


「おかしいとは思わないかい?今に至るまでこの世界には15の魔王が存在した。魔王が産まれるたびに、勇者も誕生し、討伐される。そして、魔王を倒した勇者はハルリを除き、漏れなく行方不明となった」


「……まさか」


背筋が凍る。

直感が、始まりを告げた。


「あぁ、そうだ。魔王を倒した勇者が、魔王となるのだ」


「クエート!」


咄嗟に飛び出し、ナイフを振りかざす。

かん!甲高い金属音が響き、炎が揺らめいた。


「私は、その力に希望を見出した」


「だから、魔王になったのか!?」


空中で、力を押し付け合う。


「そうだ。私の計画には、君は余りにも邪魔すぎる」


「ふざけるな!」


夜の帷が砕かれ、ナイフが弾き飛ばされた。


「──コレは、報復の序章に過ぎない」


「……ッ!」


言葉を失い、彼を直視することが、アークにはできなかった。


「まぁいいや、正直ここで殺し合う気は微塵もないからね」


「は?」


クエートは剣を虚空に放り投げ、高らかに始まりを告げる。


は魔王クエート!人理を護り、人理を破壊する者だ。余の目的は世界の救済。魔物との共生だ!」


宣戦布告は、行われた。

勇者クエートはここに、終わった。

魔王クエートはここに、生誕した。


「ッ!」


「余は、魔王城で君を待つ。君が余を間違っていると言うのなら、死力を尽くし、余を止めろ!」


炎が止み、血の匂いが辺り一面に充満する。


「では、余はこれで。待っているよアーク」


背中を向け、紫色に歪んだ空間に彼は足を進めた。


「まて!」


「待つわけないだろう。我が旧友よ」


声だけが響く。

虚しく、死者で作られた地獄を闊歩する。


「ッ!ふざけんなよ!」


気づけば、拳を握っていた。

弾かれたナイフを回収し、見つめる。

銀が月明かりに反射し、絶望した自分の顔が写り込んだ。

魔物も、一通りの虐殺が終わったのか、そそくさと撤退している。


「ウェルバー。お前なら、どうしたんだ」


虚無感が、全身に纏わりつく。

吐きそうで、気持ち悪い。

よりにもよって、クエートが魔王となったのだ。勇者だった男は力に溺れた。


「はは……」


最悪だ。

最悪過ぎる。


「ははは……」


相手は歴代最強と呼ばれた勇者だ。

それが、人格そのまま、力の強化された魔王となった。


「ははははは!!」


最早、笑いしか起きない。

クエートと出会ってから、こんなことは少なかった。


「はははははははははははは!!」


この時のアークは、異常ではある。

だが、それは勇者の仲間としての彼である。


「はははははははははははははははははははははははははははははは!!」


クエートが異常者であるのと同時に、勇者一行全員、どこか


「あぁ、ようやく、。初めての事だ。あぁ、コレが『楽しい』と言うことなんだな!クエート」


月明かりが、殺人鬼を照らす。

どこかが吹っ切れ、自身を縛っていた鎖をクエートの魔王化と言う事実に切り裂かれた。


「良いぜ!殺してやるよ、クエート。お前の企みを、お前の未来を、全部ぶっ壊してやる。待ってろよ、我が友。俺がこの手で、お前の望んだ『誰もが笑顔で過ごせる世界』を作ってやるよ。お前を殺してな!」


ナイフを腰にしまい、元いた宿にゆらりと帰って行く。


(良い言葉だな。よく言ったものだ)


明確な殺意が肉体で蠢き、今にも溢れ出しそうだ。


「魔王は、俺がぶっ殺す」


──因果は、終わっていない。

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