第27話 心くらいあるし

 ――いつも、ボクの腕を掴んでいるのは孤独だと思っていた。


 だって、冷たくて、動けなくて、痛いし。


 ボクがいいな、あっち行きたいなって思っても、“それ”は絶対手を放してくれなかった。


“それ”の正体を知った時、『化け物じゃん』なんて思ったけど、そうじゃなかったんだね。


 ボクが瓦斯室に連れ込まれる度に、異能空間に連れ出した。

 ボクが《山羊》であることに疲れても、ずっと腕を掴んでいた。


 ボクが死なないよう。ずっと。



「ごめんね。化け物なんて」



 ボクの方がずっと化け物なのにね。


 ボクは腕をさすってみた。何も触れない腕に、確かなぬくもりを感じた。


 大丈夫、今度こそ君の名前を呼んであげられる。

 大丈夫、今度こそ明かりを目指して歩いて行ける。



 ――君は、ボクの神様だよ。



 ***


 みすゞに阿呆なことを頼んだリンは、彼女にこう云った。


「連中を呼び出すとき、こう言って? 《ポートマフィアの秘密兵器が隠された》って」


 教会を指定するリンは、本当に性格が悪い。

 子供たちが寝静まる夜の教会は、ステンドグラスが月光に照り、昼とは違った幻想的な光を床に描く。

 俺はリンに云われた通り、子供たちの棟に繋がる通路を塞いで隠れた。

 青白い教会の扉が開き、みすゞが先導して入ってくる。その後ろには、『スネーク』がついてきている。


 みすゞは上手く云ったらしい。

 以前に確認した二人以外にも、沢山の仲間を連れてきていた。


「本当にポートマフィアの秘密兵器があるんだろうな」

「……はい。間違いありません。ここに彼らが入って行くのを見ましたわ」

「嘘だったら、お前を殺して此処に居る餓鬼共も殺す。死んだ後、しばらく耳は聞こえているらしい。子供の断末魔を聞いて死ねるなんて良かったなぁ」

「……っ! 子供達には、手を出さないでください」

「お前次第だな」


 奴らがみすゞを脅す声がよく聞こえる。

 もっと声を潜めた方が善いぞ。三流共め。


スネーク』は教会中に散って、ポートマフィアの兵器を探す。

 銃を持って警戒しつつ探し回るが、一向に出てこない。

 しばらく探していたが、一人が苛立ってみすゞに尋ねた。


「本当に見たのか⁉ 何もねぇじゃねえか!」


 銃口がみすゞの胸に向けられた。

 みすゞの喉が笛のような音を出す。

 引き金に手をかける僅かな音が聞こえた。




「嘘じゃないよっ! 秘密兵器はちゃぁんとあるからねぇ」




 急に聞こえる鈴のような声。『スネーク』が持っていた銃がある一点に向き、警戒心が一気に高まる。

 俺はリンの方を見た。彼は聖母像の肩に座っていて不敬にも程がある。

 しかし気にする様子のないリンは、人形らしい笑顔を保ったまま連中を見下ろしていた。


「……覚えてる? ボクの事」


 リンは『スネーク』を一瞥して、知っていそうな顔を探していた。


「覚えてるよねぇ。ボクが逆らわないように手を回していたのは、ボクを《山羊》にしたのは君らなんだもん。逆らえないようにして、自分たちの仕事をさせようとしてたのは君らなんだもん。……ごめんねぇ? 思い通りにならなくて」


 リンは微笑む。

 老若男女問わず心を奪われてしまいそうな笑みに、不気味さを感じてしまう。


「でもさぁ、君らのお陰でボクは愛にどん欲だし、誰かと一緒のご飯も怖いし、寝るのも起きるのも孤児院の時と一緒! さすがにちょ~っと辛いんだよねぇ」


 困った表情も、頬を膨らませる姿も、計算しての事と思うと、彼の努力は一級品だ。血の滲む様な生き方が、今の姿に繋がっている。

 リンは手を叩いて「だ・か・らぁ」と『スネーク』を睨み下ろした。



「償ってもらおうと思ってんだぁ。お前ら命おいてけよ」



 声変わりの済んだ男らしい声で、リンはそう云い放った。

 その瞬間、『スネーク』の一人が眉間を打ち抜かれた。

 衝撃のままに後ろに倒れる仲間に気を取られ、また一人が首を撃たれて絶命する。


 ようやく状況を把握した連中は、リンに銃口を向け直して発砲する。

 みすゞはハッとして、リンを見上げる。リンは避ける様子が無い。むしろ、手を広げて受け入れようとしていた。


「リンさん!」


 みすゞはリンに手を伸ばした。

 しかし、銃弾はリンの前で消滅する。リンは不敵な笑みを浮かべた。



「あっははははは! 馬鹿だよねぇ! ここじゃボクも、異能で守られるっていうのにさ!」



 みすゞは安堵した様子で胸を撫でおろす。しかし、その直後、『スネーク』の一人がみすゞに銃口を向けた。


「お前のくだらない異能のせいで!」


 引き金を引く前に俺が飛び出し、拳銃を腕ごと蹴り捨てる。

 重心が崩れた相手の顎下を高く蹴り上げると、簡単に気絶した。


 みすゞは震えていた。それは恐怖から来るものじゃない。

 ――――――――怒りだ。



「私の異能力『土と草』は、子供たちを守るための異能です! 助けられなかった私の子に誓って、二度と、醜い大人に傷つけさせないための、私の覚悟の異能力です! お前らに、くだらないなんて云う資格はありません!」



 みすゞは銃を向けてきた『スネーク』をきっと睨み、応戦の姿勢を見せる。

 しかし、『スネーク』の腕は肘から切り落とされて、吹き出た血が弧を描く。


「カッコいいんだけどさぁ、自分の異能の事ちゃんと知ってるの? みすゞさんが死んだら、子供たち守れないんだよ?」


 戦闘用短刀サバイバルナイフを回してリンがみすゞの前に立つ。

 振り向きざまに『スネーク』の喉を豆腐の様に切り捨て、ため息を吐く。


「分かったならさっさと隠れてよねぇ。みすゞさんの仕事はもう終わったんだからさ」

「—―わかりました。くれぐれもお気をつけて」


 みすゞは悔しそうに教会を離れた。

 俺はみすゞを追おうとする奴らを片っ端から蹴り飛ばしていくが、思いのほか人数が多い。

 今ので六人、あと何人居るのだろうか。


「おいリン! ちゃんと敵の数は把握してんだろうな!」

「中也じゃないんだから。ちゃんと見えてるよ。あと八人!」


 リンはそう云ったが、教会の入り口から更に五人が乱入してきた。

 俺は棟への入り口を死守しながら『スネーク』を蹴り飛ばす。

 撃ち込まれる銃弾は重力で遅くして、そのまま敵に返してやる。リンもしなやかな体躯と柔軟性を生かして応戦するが、防戦一方になりつつある。


「お前銃持ってんじゃなかったのか?」

「持ってるよ!」

「じゃあ持ち場を代われ! 俺が引き受けるから、お前が此処守れ!」

「チッ! 任せろ馬鹿野郎」

「なんでキレてんだよ」


 リンは姿勢を低く保って俺の方へ走ってくる。

 俺は彼を飛び越えて場所を切り替える。

 リンは出入口を押さえると迷わず銃を撃ち、俺はリンの銃弾も重力で『スネーク』に向けて加速させる。

 前足に重心を預けて振り上げる拳は男の鳩尾を射抜き、宙へを放り出す。

 長椅子の隙間から狙ってくる敵には、通路に設置された金属柱ポールを持ち上げて、重力を倍にして投げつけた。

 転がり避けたところを、リンが狙撃し脳漿を床に撒き散らす。


 リンは近づいてくる『スネーク』の首を掻き切りながら不満を零す。


「もうっ! ボクに仕留め損なったもん押し付けないで!」

「五月蠅ェ、手前が勝手に始末したんだろうが」

「はぁ⁉ 中也の癖に偉そう!」

「お前がな!」


 ――生意気だ。

 その生意気さが、リンの人間性だ。


 腹が立つし、何時か殺してやりたいとも思う。

 その度に頭をよぎる。


『リンも、只の子供なんだ』



『人形なんかじゃない』

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