第26話 人形にだって

 ――ボクは、愛されてみたかったんだ。


 皆は、ボクを虐めていいものとして見る。

 皆は、ボクを恐ろしいものとして見る。


 どうして? ボクは普通の子供だよ。

 ……君らと同じ人間だよ。


 それなのに、どうして?


 いいじゃん。一言くらい。褒めてくれたって。

 愛してくれたって。

 その一つだけでいいんだよ。


 一粒のチョコレートを味わうように。


 その一粒を大事にして生きるから。

 溶けて、水みたいになって、味がしなくなっても。

 その一粒を大事にして生きるから。


 ――でも分かったんだ。ボクが普通じゃないってこと。



 ――――――――――――《化け物》だってこと。



 そうだよね。化け物を愛してくれる人なんていないんだ。

 それなのに、どうして君はボクに手を伸ばすの。


「分かるよ。その気持ち」


 馬鹿だよねぇ。

 境遇が似てるからって、助けたいなんて。

 ボクも疲れてんのかなぁ。


「…………細切りの、クリスマスケーキ」


 彼女は呟いた。

 ……馬鹿げてる。本当に、君は心の無いお人形さんハートレス・ドールだよねぇ。



「今年、クリスマスケーキ買おうと思ってんだケド、一緒に食べん?」



 生きるか死ぬかの戦いのときにさぁ、そんなこと喋れる奴なんて、いないと思ってたよ。

 そんなこと考える余裕があるなら、ボクの異能空間の攻略方法でも考えている方が効率が良いだろうに。



「ホントに一緒に食べん? オレ、一緒に食べんのアンタなら嬉しい」



 ――でも、その能天気なお誘いが、今は何よりも魅力的に感じたんだ。


 ***


 俺が孤児院の前に着くと同時に、リンも着いた。

 トコトコ歩いてきた彼は、目元が赤かった。


 リンは無表情だ。

 俺と目が合うと、困ったように笑った。


「さっきねぇ。太宰さんに会ったんだ」


 リンはそう言った。リンの表情は壊れた人形のようで、痛々しい。


「ボクの異能、単なる異空間だけだと思ってたんだ。でも違った。きっと首領ボスは知ってたんだ。中也も知ってるんでしょ」


スネーク』の所有の記録媒体に入っていた孤児院の情報、そこで保護している異能力者の異能の詳細。

 リンはそれを知らなかった。自分がどうしてそんな目に遭っているのかも。



「ボク、化け物だったんだね」



 リンの科白が小さな子供のようだ。

 俺が人間か人工異能体か分からず悩んでいたように。彼も自分が何者か分からないのだ。


 俺はあの時、アダムがいたし、癪だが太宰もいた。ヴェルレエヌと戦って、厄介な組織を見つけて、より面倒な戦況に発展したが、結局何も変わっていない。

 真実を知ったところで、何も変わらない。


 俺が《中原中也》であるように、リンも《黒嶽凛》なのだ。


「けっ、お前が化け物だぁ? ふざけんな。お前ほど人間らしい奴いねぇよ」


 俺がそう言うと、リンは驚いたような顔をした。

 特別可笑しな事を云ったつもりは無い。

 リンは「あっそ」と子供らしい笑顔を向けた。



「中也が言うなら、きっとそうだよね」



 リンは孤児院の門を開けた。

 簡単に信じるのも莫迦だと思う。けれど、吹っ切れた様子のリンが楽しそうだから、善いかなんて。


 俺も莫迦だな。


 ***


 孤児院で、みすゞは子供たちと戯れていた。

 みすゞは俺たちに気が付くと、優しい表情を崩して、冷たい視線を向けてくる。


 彼女は此方に向かってくると、室内に入るように促した。

 リンは「何でぇ?」と態と煽った。

 みすゞはため息を吐いて、服から小型拳銃を出した。


「……子供には、見せたくありませんので」


 リンの脇腹に拳銃を当てるみすゞは、ぐっと力を込める。

 リンは動じない。恐れることもなく、みすゞを見上げている。

 沈黙を破って、リンが「いいよぉ」と室内に移動した。



 最初に来た時に通された応接室で、リンはみすゞが握っていた拳銃を掴んだ。


「ねぇ、撃ってみてよ」


 拳銃の位置がずれないように、リンが固定した。安い挑発に乗るはずなんてない。けれど、みすゞは明らかに狼狽していた。


「撃つ理由なんて無いでしょう」

「どうして? ボクらは『スネーク』の敵で、孤児院を敵に回す存在だよ?」

「だからといって、わたくしは殺生を望んでいるわけじゃ!」

「でも今仕留めておかないとぉ、あとで報復とかあるんじゃな~い? ほら、撃ってみてよ。……バンッ!」


 リンがどんなに云っても、みすゞは引き金に指を置かない。

 痺れを切らしたリンが自分で引き金に手をかけた。



「止めなさい!」



 みすゞが声を荒げ、拳銃を引き剥がした。

 みすゞは拳銃を投げ捨てて、息を整える。彼女の様子を見て、リンは確信した。


「やっぱり。みすゞさん、『スネーク』と関り無いでしょ」


 リンは違和感の正体を口にする。


「地下室の時はさ、中也に拳銃向けてたでしょ」


 見た目で力を測るなら、弱そうな見た目をしているリンを狙うはずだ。しかし、みすゞは迷うことなく俺を狙った。

 けれど今はリンを狙っていた。リンはみすゞに云った。


「みすゞさんの異能、『スネーク』に知られちゃったんだよね」


 リンは続ける。


「きっとさ、みすゞさんは異能がバレてなかったら、迷わずボクを狙ってた。だって、あなたの異能は『孤児院内において、子供達への攻撃を無効化する』。そうしたら、ボクが万が一撃たれても無傷だし、中也が反撃に出るから。今ここに誘導する時も、ボクに拳銃向けたのだってボクならケガしないもん」


 そう云えば、確かにみすゞは自分の異能をそう云っていた。

 子供たちを守る孤児院において、かなり有利な異能力だ。それを外部の人間に知られるのはかなり痛手だ。

 けれど、みすゞは『スネーク』を連れて地下室に現れた。みすゞは此処が元々どんな場所だったかも知らない。裏組織と繋がった孤児院だったなんて初耳だっただろう。

スネーク』だって、潜んでいる間に此処が買い取られたことに驚いたはずだ。だからといって撤退するような奴等でもない。


「あいつら、みすゞさんの事調べたから、みすゞさんを脅してきた。だって、孤児院の外に出たら異能の範囲外だし。みすゞさんを殺せば、異能自体が無効化される。異能を逆手に取って、脅されて行動してたんなら筋が通るんだよねぇ」


 みすゞはだんまりしていたが、ようやく「そうです」と認めた。


スネーク』はみすゞの素性を調べて此処にやってきた。一般人の女性と分かった上で、メモリの回収に協力しろと云ってきた。しかし、先に俺たちがメモリの回収に来ていた為、鉢合わせして銃撃戦になったら、いくら異能で子供たちの安全を確保出来ると云っても不安にさせることに変わりはない。

 やんわり追い払おうとしたが、脅されて、地下まで連れていかれた。


「多分、メモリを回収したら彼奴ら、僕らをまとめて地下室に閉じ込めて毒で殺す気だったと思うんだよねぇ」


 リンの予想は合っていただろう。

スネーク』の連中は出入口から動かなかった。みすゞを介してメモリを回収するつもりの配置だった。誤算は、リンの身体能力が想定より優れていたことにある。

 みすゞごと始末するつもりが、リンによって気絶させられたのだから。


「彼らは貴方達が居なくなったと知って、直ぐに引き上げました。その内また、此処に来るでしょう。……逃げてください。わたくしがいる限り、子供たちは安全ですから」


 みすゞはそんな事が云うが、彼女に危険が迫ってはどうしようもない。

 その残党も含めて、どうにかしなくては。

 だが、リンは微笑んだ。対策があるらしい。


「みすゞさん。ボクが孤児院を守ってあげるっ。だからさ、お願いがあるんだけどぉ」


 リンは笑顔で悪魔のようなことを云った。



「ここに『スネーク』の奴等全員を集めてほしいんだぁ」

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